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始まりそうで始まらない
俺――源光は自分の名前にうんざりしていた。理由は言わずもがな、源氏物語の主人公とほぼ一緒だからである。
小学校の授業で名前の由来を発表することになったとき、先生に「源くんの名前の由来は『源氏物語』かな?」と聞かれたことがあった。俺の名前の由来は違う物だったので、否定した。だが『源氏物語』に興味を持った同級生たちが先生にどんな話かをせびったため、先生がしぶしぶ『源氏物語』のあらすじを語ってしまった。
以来、クラスでのあだ名は『ゲンジ』や『ゲンジボタル』になってしまい、最終的には『ヒカルゲンジボタル』を略した『ヒゲボー』やその変化球『ヒゲボーボー』にまで発展してしまった。また、女子からは「源くんは『光源氏』とは違って、かっこよくはないよね〜」とか「『光源氏』みたいに“ウワキ”ばかりするんじゃない?」と陰口を言われるようになってしまった。
ちくしょうっ! 思い出しただけでも腹が立つぜ。彼らは少しからかっているだけのつもりだったんだろうけど、俺には辛かった思い出だ。
『ひかる』という名前自身は平凡で、素敵な名前だと思う。そして『源』も少し変わってはいるものの、武士の名前にもあるので個人的にはかっこいい名字だと思っている。だがそれらが組み合わさったとき、残念な事態が発生する。それがさっきの『からかい』や『陰口』だ。
そんなことがあった小学校を卒業して、早四年。俺は高校で、似たような経験を持つ同級生に出会った。彼の名前は柏木薫。パッと聞いた限りだと普通の名前っぽい(強いて言うなら洒落た名前だ)が、彼の話によると『源氏物語』の二番目の主人公、光源氏の息子『薫』とその実父、『柏木』が名前に含まれていたため、中学生の頃に一部の生徒から『不義の子』と呼ばれていたらしい。「お互い『源氏物語』で苦労しているな」と同情し合ったのがきっかけで仲良くなった。
……後に俺と柏木、従兄の『源融』の三人は『Lila』として脚光を浴びることになる。
ちなみにグループ名の由来はドイツ語の『紫』で『源氏物語』の作者である『紫』式部から皮肉で名付けたものだ。ただ後に詳しく調べた際、正確には『藤色』だったと知ったときはガッカリした。だがもう今更グループ名は変えられないので、紫式部が仕えていた『藤』原道長の娘の彰子を由来だと思えば、『紫』式部より偉いようで悪くはないだろう。
※1……『薫』の本当の父は『光源氏』か『柏木』かは不明である。
※2……『源融』は『光源氏』のモデルの一人とされている。
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