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夫の寵愛
次期夫候補、とは申しましたけれども、ヴァール殿下も私も既にもう結婚適齢期となっておりました。
また、帝国の王位を継ぐのも、ヴァール殿下が妃を迎えればすぐにでもというお話があったようで、私とヴァール殿下の婚約はすぐに婚姻と相成りました。
婚姻とそのお披露目が式典という形で本日盛大に執り行われ、私はあの婚約破棄騒動から目まぐるしく変わる状況に、未だ混乱を残しております。
「…疲れたか?」
ヴァール殿下は、心憂げに私にそう問います。
私がふるふると首を横に振って微笑みかければ、ヴァール殿下も安心したように口元を緩められました。
あの騒動以来、ほぼ毎日お顔を合わせるようになると、ヴァール殿下の表情は少しずつ柔らかなものへと変容していったようでございます。
帝国の至宝ともされる彼から微笑みかけられてしまいますと、ここまで美しいお顔はいっそ罪なのではないでしょうかと責任転嫁してしまいたくなるほど顔が熱くなって仕方がありません。
「やはり、帝国ともなると式典も豪華でございますのね。元々私も貴族としてそういった式典に参加する事はございましたけれども、このような規模のものには出たことはございませんでしたわ」
熱くなってしまった顔を誤魔化すように別の話題を振れば、ヴァール殿下は小さく頷く。
「君と俺が夫婦であるということは全世界に知らせなければ、また君に結婚の申し出が来てしまうかもしれないからな」
「そうは言いますけれども、前にも申しました通り、今となっては勇者である私との婚姻関係を結んだところで大した利点はございませんわ。結界が張れるようになったので、時折張り直しさえすれば魔獣は寄ってきませんし、あとは土地の精霊の加護が強まる程度でございます。エラデリア王国のようによっぽど精霊の加護が枯渇している土地でない限りは、魔獣も来ず、そこそこ作物も収穫でき、ある程度の安定した生活が可能でしょうから」
そうお伝えした私に、ヴァール殿下がお返しになったのは大きなため息でございました。
何故溜め息を吐かれたのか分からず首を傾げると、ヴァール殿下は私の肩より下に流された髪を一束掬い上げ、それに口付けをなさいます。
突然のことに一歩後ろへと下がってしまう私ですが、ヴァール殿下がそれで髪を離すはずもなく。
「…君は本当に分かっていないのだな。それは、私が以前帝国のためになると説明してしまったのが悪かったのか、それとも『元婚約者』の君への扱いがそうさせているのか――…もし後者ならば、私はあの者を斬り捨てておくべきだった」
ヴァール殿下は苦々しいお顔をなさっている。というのに、私の心臓は驚くくらいに騒ぎ立てております。
私の髪先へとその音が伝わったりなど致しませんでしょうが、それでも心配なほどの私の鼓動は、一向に収まろうとはしないようで。
「私の性格形成がギリウスでん――…ギリウス様によって変わることはございませんわ。ただ、本当に分からないのです。勿論国母となるべく努力を怠ったつもりはございませんし、王妃教育という面ではヴァール殿下の足を引っ張るような事態にはしないよう努めさせて頂きますけれども」
「ああ、それは特に心配していない」
ゆっくりと頷くヴァール殿下を見ておりますと、私を信頼して下さっていることは確かなようです。その辺りにつきましては、正しく評価されて光栄なことですわね。
認められた嬉しさと、殿下の暖かな眼差しに私もつい口元が緩んでしまいます。
「ただ、言ってしまえばそれだけ、でございます。その程度の令嬢であれば探せばいくらでもいるでしょう。それこそ、血筋から高貴な方々が。それに比べますと私は、怒らせればどんな災厄が起こるか分からない、少々扱いづらい存在なのではないかと思いますわ」
「君は自己評価が低すぎる。それに、自分への好意的な感情は察しにくいと見た」
ヴァール殿下のお顔が、私に近付いて参ります。
私が少し動けば、鼻と鼻が触れてしまうのではないかと――そう思う程に、近く。
ヴァール殿下の綺麗なお顔は、近くで見ても至宝と言われるように何一つ欠点がなく、確かな輝きを放っております。
「今一度言おう、俺は以前より君との結婚を望んでいた。それは、『勇者』だからではなく、そして『帝国』のためにでもない。『フィーラ』だから、そして『俺』が結婚したいのだ」
「ヴァール殿下…、」
「もちろん、すぐに気持ちに応えてもらおう等と考えているわけではない。これから先で少しずつ俺のことを知り、」
――愛してくれれば。
少し掠れた低い声が耳へと響きます。
とてもとても小さく、だけれどもはっきりと。切なそうに、愛おしそうに。
「…そんな風に言って頂けて、嬉しいですわ。正直なところ、何故ヴァール殿下がそこまで私に想いを寄せて下さっているのかはわかりませんが――…それでも、貴方様の想いに報えるような形になることを、私も望んでおります」
「ああ。…今は、それで十分だ」
ヴァール殿下が微笑む。
やはり私の顔は赤くなってしまい、それを見たヴァール殿下に笑われてしまいました。
今後どうなるのか、今の私には想像もつきませんが――きっと、この方とであれば歩む先は明るい道となるでしょう。
未来を夢見ながらヴァール殿下に微笑みかければ、ヴァール殿下も同じように顔を赤くされたのでした。
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