タルトタタン

3/3
前へ
/7ページ
次へ
 色づいた街路樹を脇に歩き、踏切を越え、坂道をふたつのぼる。そうして未菜は、大きなグラウンドがある公園に到着した。  未菜はまっすぐグラウンドへと歩いた。夕焼けに照らされたサッカーゴールの前に、人影を見つける。十月末の半袖姿。  未菜はすっと息を吸い込み、明るく声をかけた。 「奥山くん」 『隆之介くん』と呼びそうになったのを、こらえた。  奥山隆之介(おくやまりゅうのすけ)は未菜に気づくと、いやそうに顔をしかめた。 「……なに」 「えっとね」  未菜は紙袋を背に隠して、のんびりと聞いた。 「今日のホームルーム、なんで怒ったのかなって」 「どうもしねえよ」  未菜の言葉は、サッカーボールを蹴る音にかき消された。ボールはゴールネットの中央を歪ませて、地面に落ちる。弾む。 「読み間違いをからかわれた。それだけだ」  サッカーボールがゴールラインを越える。そして隆之介とは別の、運動靴に当たった。 「……知ってる子?」  スポーツメーカーの運動靴を履いている男の子は、面識がない未菜を、遠巻きに見ていた。彼は手袋をはめていて、別のサッカーボールを持っている。 「クラスの女子」  隆之介はそう言ったきり、右足でリフティングをはじめた。  疎外感が、未菜の口を動かした。 「……私もう行くから。奥山くん、またね」 「うん。また今度な」  未菜は隆之介にも、知らない男の子にも手を振った。  手を振り返してくれたのは、知らない男の子だけだった。  グラウンドを出たところで、未菜は振り返った。隆之介ははつらつとした笑顔で、知らない子と喋っている。  ……隆之介くん。前はこの時間はひとりか、蓮司くんと練習していたのに。  ……こうなるなら、友達とハロウィングッズを買いに行けば良かった。失敗だ。 「失敗」  未菜はふと、手持ちの紙袋を見つめた。飴色のリンゴが頭に浮かぶ。  タルトタタンは、アップルパイの失敗から生まれたケーキ。  諦めなければ、結果が変わるかもしれない。  思い直した未菜は、隆之介の練習が終わるのを待つことにした。グラウンドの裏側にある東屋まで歩き、ベンチに腰をおろした。  じっとしていると身体が冷えてきた。未菜はかじかんだ指先に息を吹きかけながら、ちらちらとグラウンドのほうを見た。大きな木が邪魔で練習風景は見えず、ボールを蹴る音だけが響いてくる。  そうしていると、東屋の影から、声がかかった。 「なにやってるの。井口さん」 「………」  未菜はぼんやりと彼の細顎を見つめた。中学校の制服より着古したジャージのほうが、親しみが沸いた。 「蓮司くん」 「うわ。懐かしい呼び方を」 「……ごめん。谷元くんって呼ばなきゃ、駄目だよね」 「まあ、好きに呼べば」  谷元蓮司(たにもとれんじ)は東屋に入った。脇に持っていたサッカーボールを、未菜の隣に置く。  そしてサッカーボールを挟む形で、蓮司は未菜の隣に座った。 「本当は向かいに座りたいけど。……向かいだと、隆之介たちに気づかれそうだから」 「……蓮司くん」  未菜は蓮司の眼鏡の奥を、うかがった。 「蓮司くんも、サッカーの練習に来たんだよね?」 「そうだけど。井口さんはなにしに公園に来たの」  未菜は身を縮ませた。 「ここ、井口さんのマンションから遠いよね?」 「……うん。隆之介くんの様子を見に来たの。ホームルームで怒っていたの、気になったから」  未菜はクラフト紙で作られた紙袋から、リーフパイを三枚、取り出した。 「これ差し入れ。食べる?」  リーフパイは一枚だけ、端が砕けていた。 「隆之介に持ってきたんだろ」 「一枚は蓮司くんの分だよ」  未菜は東屋の床に、声を落とした。 「……食べてほしいな」  蓮司は、端が砕けたリーフパイを抜き取った。  未菜は蓮司と並んで、リーフパイを食べはじめた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加