リーフパイ

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リーフパイ

 リーフパイの何層にも重ねられたパイ生地と、表面にまぶされた砂糖の舌触り。そして木の葉の形の面白みが、未菜の気持ちを軽くした。  ただリーフパイの横に温かい飲み物があれば、もっと美味しかった。そして隆之介も側にいてくれれば。 「食べたら、もう帰りなよ」  リーフパイを半分ほど食べたところで、蓮司が言った。 「隆之介は遅くまで練習する。今日はサッカークラブの子も一緒だし」 「……あの子、サッカークラブの子なんだ」  未菜はリーフパイから、口をはずした。 「隆之介くんが荒れていた理由は気になるけど……これ以上、邪魔しちゃ悪いよね」 「………」 「蓮司くん、なにか知ってる?」  一瞬、蓮司の動きが止まった。 「……聞いてない」 「そっか」 「井口さんは、なんだと思う?」  蓮司の声がかすれたが、未菜は気にとめなかった。食べかけのリーフパイを持ったまま、宙を見つめる。 「ひょっとしたら、今日のプリントかなって。ほら英語の……四文字の」 「LGBT」 「うん。隆之介くんが怒鳴る前、みんなあのプリントについて、あれこれ言ってたし」  未菜は小さくなったリーフパイを見つめた。 「誰かの言葉が、(しゃく)にさわったのかも」  蓮司は袋の端にある、粉々のかけらを見つめた。 「先生、ちゃんと隆之介くんの言い分……聞いてくれたかな」 「井口さん」  蓮司は声を小さくした。 「隆之介が怒った、本当の原因を知っているよ」 「……本当?」 「……未菜ちゃん」  保育園時代の呼び方をされた。蓮司は、いやなことがあるとカーテンの裏に隠れる子供だった。 「わけを話すから、隆之介を嫌わないでくれ。あいつ、先生には『読み間違いをからかわれたから』で通したけど……それ、違うんだ」  未菜はもう、蓮司がなにかに怯えていると、気がついた。 「……わかった。聞くよ」  蓮司は深いため息のあと、姿勢を正した。 「じゃ、なるべくさらっと聞いてほしいんだけど」 「うん」 「絶対誰にも言わないでほしいんだけど」 「うんうん」  未菜は保育園の先生みたいに、にっこり笑った。 「実は俺――。――やっぱり言わない!」 「なにそれ!」  未菜は思わず立ちあがった。 「パス! 忘れて!」 「言ってよ! もう忘れるの無理。気になる!」 「いやだもう喋りたくない!」  蓮司は背を丸めて、顔を隠した。 「普通の女の子には、喋りたくない」  未菜は立ったまま、蓮司の後頭部を見おろした。 「どうして」  西の空で、夕日が色を変える。夕日は紅葉より赤くなり、雲の合間に沈もうとしている。 「どうしてそんなこと言うの。……私が女の子だから、隆之介くんのことも……蓮司くんのことも、聞けないの? 同じ男の子じゃなきゃ、心配もさせてもらえないの?」  遠くでボールを蹴る音。転がる音がする。 「今日は女の子たちの誘いを断って、ここまで来たのに。さ、最近は遊んでないけど……私を邪見に、しないでよ」  未菜の視界がにじんだ。夕焼け空がぼやけて見えた。  蓮司が背を丸めたまま、呟いた。 「……少数者かもしれないんだ。俺」  未菜は言葉を待った。 「俺、テレビとか見ていると……男性の芸能人ばかり、目で追うんだよ。スポーツ見ててもそう。……女の子を追ったことがなくて。隆之介は俺がこうだって知っているから……俺をかばって、怒鳴ったんだ」
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