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未菜は友達を待ちながら、広場のベンチでガーリッククッキーを食べた。スパイスが効いたクッキーを喜んだのは隆之介で、すぐにおかわりを欲しがった。
そして最後の一枚を取るときに、何気なしに聞いてきた。
「そういや、井口は好きなやついるの」
未菜は「いないよ」と答えた。
「初恋もまだだし」
「未菜ちゃん……それ本気で言ってる?」
蓮司は二枚目のクッキーを、手にもったままだ。
未菜はうんと頷き、周囲を見渡した。
友達の姿はまだない。かわりに、チェック柄のエプロンを見つけた。さきほどクッキーを売っていた女子大生。
彼女は持ち場を離れて、若い男性と話していた。その嬉しそうな表情を見れば、恋人と一緒なんだとわかる。
「憧れてはいるんだけどね。けど同じ年の子って、子供っぽいし」
「子供っぽいって」隆之介が呆れ顔になった。
未菜は目をつぶって、理想の相手を思い浮かべた。
「……もっと落ちついた、大人のひとがいいな」
お父さんみたいな、と未菜は笑った。
蓮司は未菜から隆之介へと、視線を移した。
「隆之介の初恋は、小四だよな。いとこのお姉さんだっけ」
「ばらすなよ」
「俺だけ笑い者とか不公平だ。ばらす」
「ああ。どうせ年上のお姉さんが好きだよ」
未菜は大きく目を見開いた。
「隆之介くん、そうだったの?」
「もうなんとも思ってない。終わり」
隆之介は頭をかいた。
「だから『お父さんみたいなひとがいい』とか。何歳? て感じ」
隆之介は笑うと、未菜との距離を縮めた。両手で未菜の猫耳に触れる。蓮司はおもむろに眼鏡をはずして、手入れをはじめた。
「そりゃ、こんな猫耳が似合うわけだ」
「……こ、これは友達が無理矢理」
「じゃあはずせばいいだろ」
「簡単に言うなよ」
蓮司は眼鏡のレンズを拭きながら、隆之介を止めた。隆之介は「はいはい」と、猫耳から手を離した。
「けどよ。お姉さんぶるわりには子供っぽい。昔から、とろいんだよな」
未菜は猫耳を直しながら、隆之介を見あげた。昨日公園にいたときより、ずっと親しげに接してくる。鼓動が高鳴る。
「ほんと、未菜ちゃんはしょうがないなぁ」
「………」
未菜はとっさに、深くうつむいた。隆之介はもちろんのこと、眼鏡をはずして素知らぬふりをしている蓮司とも、顔が合わせられなくなった。みんな子供だと思っていたのに。
下にあると思っていたものが上に来る、意外性。
くるっとひっくり返すと、煮詰められたリンゴが出てくるような――。
「いやもう、これ『未菜ちゃん』でいいだろ。なぁ蓮司?」
未菜の肩は、隆之介にぽんぽんと叩かれた。
「叩かない叩かない。……ほら井口さん。友達来てるよ」
蓮司は眼鏡をかけ直して、未菜の友人たちがいる方向を指した。彼女たちは模擬店を見てはしゃいでいる。
「あ、うん。またね」
未菜は真っ赤な顔を隠したまま、ふたりに手を振った。
視界の端で、隆之介が大きく、手を振っているのが見えた。
(終)
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