30歳

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30歳

 現代に帰って来た。楽屋ではメンバーがライブ前の最終調整をしており、外からは開演を待つ客たちの俺たちを呼ぶ声が聞こえて来る。どうやら時空間瞬間移動装置に狂いはなかったようだ。  バンドのコンセプトに従い、悪魔の格好をしたメンバーの一人が言った。 「劉生、18歳の自分はどうだった?」 「まあ、大丈夫そうだ」  18歳当時の俺が出会った悪魔が、未来からやって来た自分自身だと気が付いたのは最近のことだった。  悪魔の言葉がきっかけで就職も進学も辞めてバンドを始め、尖りに尖り続けた結果、メイクも衣装も過激になってゆき、いつの間にか悪魔的な格好になっていた俺は、ある日俺は鏡の中にあの時の悪魔を見つけ、その正体を悟って愕然としたのだ。  あの悪魔がそうしたように、当時の自分に悪魔として会いに行き、あの時悪魔がした通りの話をしないと今の富と名声は手に入らないことに気が付いた俺は、仕方なく時空間瞬間移動装置のスイッチを入れたのだ。  あの18歳の自分もいずれこうするだろう。俺は丸い石にはならなかったし、最高の仲間にも出会えたが、抗えない運命の中にいる。皮肉なことに、運命に抗って生きて行く為には運命に従って生きて行くしかないのだ。  俺は溜息をつきながら、今日も仕事場である明るいステージに上がってゆく。
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