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長いトンネルを抜けると黄金色の風景が広がっていた。 それを見た葦吾誠志(あしあせいじ)は、座席から身を乗り出して目を輝かせた。 「うわぁ、見てください。田んぼです。田んぼしかありませんっ。鶴さん!」  食べかけの駅弁をスラックスの膝に乗せたまま、窓に顔をくっつけんばかりにはしゃいでいる。弾けるような笑顔には長時間にわたる電車移動の疲れは少しも感じられない。  向かい合った座席の通路側に座る草ケ部鶴彦(くさかべつるひこ)は、読んでいた本から顔をあげ、後輩の様子にまぶしそうに目をほそめた。 「そうだね、たくさんあるじゃないか、葦吾くん」 稲穂が実る金色の絨毯のなかを、二両編成の短い電車が駆け抜けていく。 遠くに見える山の稜線はまだ青いが、高く澄んだ青空には秋の気配が近づいている。 朝晩はふいに冷たい風が吹くようになった。ブラウンのスーツにベストを着こんだ草ケ部の一方で、葦吾はワイシャツを腕まくりしている。上着は隣の座席に丸めて置かれていた。 「じきに収穫だろうね。きみの好きなお米がたくさん採れるね」 「おにぎり何個ぐらい出来ますかね。楽しみです」 葦吾は白米を大きな口で頬張った。 まるで大きな子供のような無邪気さに、草ケ部は「ふふ」と笑った。葦吾を見守るように穏やかで優しいものだ。手元の文庫本へと目を落として、カバーのかかっていない本の擦りきれたページをやさしくめくる。 「良い元気だ。その調子でこの仕事、頑張って行こう」 「お任せください。十六島(うっぷるい)探偵事務所所長の片腕である鶴さんの頼れる後輩ですから」 「お。自分で言っていくスタイルかな?」 葦吾は「へへ」と笑うと、色付きウインナーを箸でつまんで弁当箱の隅によせた。 草ケ部は膝の上に本を下ろすと、車窓へと顔をむける。
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