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改札に駅員の姿はなく、変わりに木箱が置かれていた。
「切符はこのなかに入れるんだよ」
草ケ部に言われた葦吾は、カーテンで閉じられた窓口の前にある箱をのぞき込む。葦吾がそうしているあいだにも、他の乗客たちは当たり前のようにぽいぽいと切符を放り込んでいく。
一階建ての年季を感じる駅舎を出ると、小さなロータリーがあった。
駅から通りが直線で伸びている。だが開いているのは郵便局だけで、古い民家やシャッターを下ろした商店がじっと押し黙るように並んでいた。
「なにもない駅前ってあれですね。けっこう、どうしたらいいかわかんなくなりますね」
葦吾はペットボトルのお茶を飲みながら、言葉とは裏腹に明るく言い放つ。
「知らないところだと尚更だね」
「――失礼ですが、十六島探偵事務所の草ケ部さまと葦吾さまでございますか」
ふたりで振り返ると、そこには白髪の老紳士が立っていた。小柄な身体にぴったりと合ったグレーのスーツ。背筋がまっすぐに伸びていて姿勢が良い。おだやかな笑みを浮かべていた。
「私、橋本の代理で参りました、長谷川と申します。橋本がお迎えにあがる予定でしたが昨晩体調を崩してしまい現在病院におりまして」
「それはそれは。具合は大丈夫なのでしょうか」
草ケ部の言葉に、長谷川は法令線を深めて笑顔を浮かべた。
「風邪もひかないような頑丈な年寄ですから、まわりが慌てて病院に担ぎ込んでしまったんですよ。しばらくすれば何食わぬ顔で退院してまいりますとも」
そして車へと案内された。ロータリーの片隅に、さびれた駅前にはそぐわないほど、磨き上げられた黒い車が止まっている。
「長旅おつかれさまでした。それでは、南雲家へご案内いたします」
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