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「と言いましても、南雲家まではもう少しだけ時間がかかるのですが」
車は町なかを通り過ぎ、稲穂の垂れる田んぼのなかを伸びる小さな通りをひた走っていた。ハンドルを握りながら茶目っ気のある調子で長谷川が言う。
目線の高さも景色が流れて行く速さも違う。電車のなかからでは見えなかったものが見える。背もたれから身体を浮かせた葦吾は窓の外を指さした。
「わっ。あんなにお米が実ってる」
「そうですね、近いうちに刈り取りでしょうね」
車は速度を一定に保ったまま走り続けている。道の先には山の丘陵が見えるが、目的地と思える建物は見えてこない。
「あと十分少々で到着します」
座席にゆったりと座っていた草ケ部がおもむろに口を開いた。
「依頼をくださった橋本さんは、南雲家の世話役とのことでしたが、長谷川さんもですか?」
「はい。私と橋本のふたりで当家の世話役を務めております」
「随分と歴史のあるお家と聞いています」
長谷川さんは身体に染みこんだ動きでハンドルを操り、バックミラーで草ケ部と葦吾へ目配せをした。
「由緒ある家柄です。このあたりを開墾したのも南雲家の先祖の方々です。この地域に住んでいる人たちのルーツを遡ればほとんどが南雲家に所縁があるでしょう」
「すごいですね」
葦吾が素直な感想をもらすと、長谷川の目元のシワが深くなった。
「では、長谷川さんもご存じですね……――」
死角から切り込むように草ケ部が口を開いた。
「“神隠し”について」
彼の唇から出て来た言葉に、ハンドルを握る手に力がこもった。
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