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穏やかだった車内の雰囲気が、日陰に捉われたように冷え込んで行く。 進行方向を見据える長谷川の口元が硬く強張っているのがバックミラー越しに見てとれた。 葦吾は声を潜めて「鶴さん!」と呼んで、彼のスーツの袖を引っ張る。 「唐突過ぎます。せめて到着するまでは我慢したほうがいいのでは」 「私は気になるものは我慢できないタイプなんだ。あとに取っておけないんだよ」 「たしかに、お弁当の唐揚げとか真っ先に食べちゃいますもんね」 アスファルトの凸凹に合わせて車内が揺れる。 それまでじっと前を見つめていた長谷川は、ふぅと息をついて肩の力を抜いた。 「……それは大奥さまよりお話していただこうと思っておりましたが」 「すいません。本当は会った瞬間にでも尋ねたかったぐらいなのです」 草ケ部が素直に言うと、長谷川の目元に静かな笑みが戻って来た。 「いいえ。正直に申し上げますと、大奥さまのほうも素直に話してくださるとは限らないのです。この場である程度お話しておくほうが良いかも知れませんね」 水田のなかの一本道を車が駆け抜けていく。 片側一車線の道路には他の車両の影はひとつもない。 草ケ部はシートに背中を預けたまま、視線はまっすぐにバックミラーを捉えて言った。 「当探偵事務所に足を運んでくださった橋本さんからも話は聞いてはいます」 となりで聞いていた葦吾は、一か月前のことを思い出していた。
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