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◆◆◆ 十六島探偵事務所。 四階建てのビルの二階に事務所はある。通りに面した窓には十六島探偵事務所と達筆の手書き文字が並んでいる。 燦燦と差し込む陽射しをブラインドで堰き止めた窓辺で、白髪交じりの恰幅の良いの男性が応接用ソファに腰を下ろしている。 格子模様のはいったブラウンのスーツ姿で、ソファに座る背筋は真っ直ぐに伸びていた。 葦吾がお茶を出すと、丸眼鏡をかけた男性は丁寧に頭を下げた。 「秋の彼岸のあいだ、ある方を見ていていただきたいのです」 テーブルを挟んだ対面に、十六島所長と草ケ部が座っている。葦吾は所内と応接スペースを区切る衝立のそばで待機していた。 「私が仕えている南雲家の当主の孫に十五歳の子供がいます。彼岸の入りから明けまでのおよそ一週間のあいだ、その子のそばに居続けて欲しいのです」 熊のような大きな身体を丸めて、十六島所長が手元のメモ紙にペンを走らせた。太い指で器用にペンを持ちながら、小首をかしげる。 「監視か?」 橋本と名乗る男は静かに首を横に振った。互いに古い付き合いがあるらしく、十六島所長の口調も砕けたものだった。 「保護、かな。その子に危険が及ばないように警戒していてほしい」 「なにかに狙われているのでしょうか」 草ケ部の言葉に、橋本はすこしだけ目元を伏せた。言葉を整えるような間が生まれる。 「そうですね。そうなのですけど、言葉にするのが難しいといいますか」 手にした湯呑をそっと両手で包み込んだ。 ため息のように漏れた吐息が緑色の水面を揺らした。
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