08(end.)

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08(end.)

*** 「ゲホッ、ゴホッゴホッ!」 「りつか、大丈夫かよ」 「か、風邪、大したことな……ゴホンッ!」  先日新しく図書館から借りてきた本を読む間もなく、今度は風邪をひいてしまって寝込んでいた。咳き込む僕を心配した青月は仕事にならないようで、ただ僕の背中をさすり続ける。 「青くん、仕事……ゴホゲホッ! し、しご……」 「うるさい!もう、静かに息しろよ、りつか」 「お、お兄ちゃんって呼びなよ、また……」 「二十歳も過ぎた男が呼ぶわけねえだろ」  そう怒鳴りつけるも、優しい目……僕はそっと青月の頭を撫でる。 「や、やめろって」 「……大きくなったねえ、青くん」  幼い子供だった。甘い玉子焼きで喜んで。  あれからもう何年たったのだろう……振り返ればもう昔の話だ。  その晩、青月は徹夜で絵を描いていた。僕はその様子を見ながら眠りにつく。  いつか離れなければならないものを、僕はただ密かに追い求める。  僕はあといくつあきらめなければならないだろう。描かなくなった絵、これから成長しようとしている青月……。  夜が明けない、でもどうかこのまま青月と二人で。 *** 「りつかー、起きるか?」 「青くん……なに?」  いつの間にか寝てしまっていたようだ。すっかり朝の訪れた窓、汚れたエプロン姿の青月。  彼の持った真新しいキャンバスには、幼い頃の……。 「何、青くんってば人物画すらうまいんだから……本当、いつの間に絵を覚えたの」 「……お前が、スポーツカーを描くからだ」 「え?」 「なんでもねえよ!」  幼い頃の僕たちだった。幼い青月と僕が寄り添っているアクリル画。 「人物画も、また描くよ。お前がモデルになるんだよ、これからもずっとり俺はりつかしか描かない」 「ふふ、その才能、もったいないなあ……」  僕だってわかっている。こんな日々がそう長くは続かないってことを。  だけどどうか、一日でも長く青月のそばにられたら……。  二十歳の真嶋青月の描くもの。  それはなんて優しい、この世の果ての風景だった。 おわり
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