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 真嶋青月(ましませいげつ)は新進気鋭の画家だった。今年ようやく二十歳を迎える彼の描く絵は、誰も見られないこの世の果てを映している。 *** 「おい、りつか! ほんっとお前なにやってんの? このばかっ」 「お兄ちゃんにバカはないでしょう、もう大丈夫だってば……」 「嘘つけ、熱高いじゃねえか」 「青くん、体温計に絵の具ついてるよ」  真嶋律架(ましまりつか)と青月兄弟の朝の風景。体温計を振り回す、弟の青月はああ見えて心配性。元はと言えば僕が読書に夢中になってしまって熱なんか出したのが悪いのだけれど。  今日締切だからと、青月も徹夜で絵を描いていた。その空気を感じながら隣の部屋で僕も図書館で借りていた小説を読み上げる夜。その本も今日が返却の期限で……でも僕はもう起き上がれる気配がない。 「この三冊を図書館に返してくればいいんだな?」 「あったら続き借りてきて、四巻と五巻。展開がね、良いところなんだよ」 「嫌だよ、また熱出されたらたまったもんじゃねえ」 「えー、だってさ青くん……」 「もーうるさいうるさい! バイト行ってくる」  去り際の嵐のように家を出て行った。弟の画家、真嶋青月の絵は最近人気が出て来たもののそれだけではまだ生活ができる訳ではなく、青月は絵を描きながらバイトに行く。スーパーマーケットの品出しから、飲食店の調理まで。掛け持ちの仕事、働けない僕が彼にとって負担になっているのはわかっていた。 「僕も、出かけようかな……」  徒歩五分の近所のクリニックまで。熱も出たことだし、薬も無くなりそうだし。図書館までは多分無理だった。あの本の続き、気になるんだけどなあ。 ***  外の空気は春の終わり、いつの間にか散ってしまった桜の花は跡形もなく。目的地である千巡堂医院に行く途中で立ち寄った公園では、見知らぬ人が風景画を描いていた。   羨ましい……もしも状況が違えば、僕だって今でもまだ絵を描いていられたかもしれない。そんなことはあくまでもしもの話だった。青月の夢は僕の夢、夢を叶えた彼の絵はきっとこれからも売れるのだろう。ゆっくり絵を描かせてやれないのは申し訳ないが……。  画家になって独り立ちしようとしている青月、僕はこれから一体何になるのだろう。
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