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MARETU創作
「うみたがり」
ここは中学校だ。私は人を待っている。
「みう〜!」
声だ。愛しいあの人の声。私は振り向く。
「大里!」
手を伸ばす。でもおかしい。何故か届かない。痒い所に手が届かない、そんな感覚。とてももどかしく不快だ。私はもっと力を入れて伸ばす。
「みう……」
優しい声だ。この声を聞くのはとても久しぶり。ほっとした。最近は怒鳴られてばっかだから。でも、その声と顔が豹変した。
「俺のせいじゃない!お前がちゃんとしてないから、”できたんだ!”」
そこで私の意識はフェードアウト。眠気に襲われ何も出来ない。身体は消えたように、心だけを残して――――――
私が大里に一目惚れしたのは2年の半ば頃だった。クラスが連続で一緒だったので面識はあったが、何せ私は極めて控えめなものだったから挨拶をするほどの関係だった。でも優しい声にどんどん夢中になっていた。いけないと分かっていても、隠れてついて行ったりもした。
そして大里が友達と会話しているのを聞き好きな女の子のタイプと同じようにした。
大人しい子で、三つ編みの子が好きらしい。ので、私もそれとなく三つ編みにして少し積極的に話に行ったりもした。
(気付いてほしいなぁ……でも足りないのばっかり。顔も可愛くないし……辛いなあ。情けない…)
私の夢は
大里と一緒に笑い合う
ことだ。
ラブレターを書いてみたりもした。勿論渡せるような勇気はない。自己満足の為だった。
(その場しのぎじゃダメなのに…)
しかし、私が机の中に入れて置いたラブレターが落ちてしまったらしい。それを狙ったかのように大里が拾って読んでしまい
「これ、ほんと?」
あの好きな優しい声が私に向けられている。それだけで私はテンパってしまう。
「はっ、ははははいっ……ごめんなさい、い、嫌ですよね。私なんか…わすれて、下さい」
言ってしまった。頭が痺れて熱くなる。泣きそうだ。
しかし次に聞いたのは予想外の返答だった。
「じゃあ、付き合う?」
「へっ」
「俺もキミのこと気になってたんだ、だから、よろしく」
「いいんですか!」
「うん、部活あるからまたね」
颯爽と去っていく。私はまだ理解が追いついていない。
(えっと……もしかして、カップルになった?!)
私は今度は別の意味で泣いてしまいそうだ。嬉しすぎる。あの憧れの人が、私とカップル。もう私死んでも良いほど舞い上がっている。今日は赤飯でも作ってもらおう。
でも友達から聞いたことがある。舞い上がっている時は不幸になりやすいって。
(上がっただけ沈むはお約束………。待って、そういうの怖すぎる!)
怖いけど、でも今は嬉しさの方が勝っている。
私は走って走って家へ帰った。
(今日は家に誘われちゃった……!)
大里と付き合ってから5ヶ月。キスは3回ほどしたけど、まだ”あっち”まではいってない。今日は、もしかしたら……
「お邪魔します…」
「いらっしゃい」
優しく微笑んでくれる。この笑顔が大好きだ。
「今日は家に誰もいないからゆっくりしてってよ」
「う、うん…」
(誰もいない=誘ってる?!やば、今日可愛い下着つけてたっけ…)
最初の30分ほどはゲームをしていた。しかし、いきなり大里が私を押し倒してきた。床はクッションがあったので痛くなかったが、今は心臓が痛いほどドキドキしている。
「いい?」
「う、ん……。でも、赤ちゃん……避妊道具、ある?」
やはりそこは心配だ。中学で妊娠なんて大変な騒ぎになってしまう。
「大丈夫、俺、そういうの慣れてるから」
「え、でも…」
「いいから」
つけずにするというのだろうか。抗議しようとしたがキスで口を塞がれてしまう。
(ん………)
今は気持ち良さに身を任せてしまおう。
(1回くらいで、赤ちゃんは出来ないでしょ…)
浅はかな考えだった。
初めてをした3週間後、いつまでたっても生理が来なかった私は病院で検査を受けた。
「おめでとうございます、赤ちゃんがお腹の中にいらっしゃいますよ」
(え…)
その後はたどたどしい足取りで家に帰ったという記憶しかない。その間、私は
「やばい」「どうしよう」という感情しか湧いてこなかった。
(どうしよ……とりあえず、大里に連絡を…)
プルルル、という発信音が3回続いたあと、大里が電話に出た。
「どした、みう?」
(なんて言えばいいんだろ……)
「赤ちゃん、できちゃった……」
もしかしたら喜んでくれるかも、と思っていた私の気持ちは次の言葉で砕け散った。
「堕ろせよ、迷惑だから」
妊娠が発覚したときよりも頭が真っ白になった。
「うん……」
と一言言って電話を切った。あんなに冷たい声は初めて聞いた。
(それもそっか……自分の子供なんて、迷惑だもんね……)
今になって、あのうぶだった思い出が喉をギュッと締め付ける。もう、あんな関係にはなれない。塞いでしまおう。あの痺れて熱い感覚が蘇ってくる。私はできてしまった子を恨んだ。
(どうして、生まれた……?あんたがいなければ……)
暗い部屋の中で憎しみと困惑が混じりあって渦巻いていた。
私は自分1人で子供を産んだ。一人暮らしだったし、堕ろすお金もなかった。
私はその子をバスタオルで巻いて駅へ向かった。もたもた歩き続ける。
コインロッカーを見つけた。私は笑みを浮かべる。
(こうすればいいのよ……!そしたらあの人と、優しいあの人と居られる!)
扉を開ける。子を押し込む。お金を入れる。鍵を閉める。
作業のように淡々と行った。何も沸き起こってこない。悲しみも、焦りも、喜びも、何もかもあのコインロッカーに閉じ込めてしまったかのようになくなった。
(ただ、あの人の優しさが嬉しかったんだ)
END
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