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森はどこか怪しい雰囲気に包まれていた。
霧が出るまで騒がしかったセミが息をひそめるように鳴き止んでいる。
聞こえるのは腐葉土を踏む二人分の靴音だけ。陽気な小鳥のさえずりさえ響かない。
とろりと粘っこい霧はどこまでもついてきて、行く手を阻んでいた。憎らしいほど空に居座っていた太陽は、霧の向こうに隠れてしまっている。時間の感覚までなくなってきた。
十分か、それとも三十分か。崖のそばを離れないで、懐中電灯の灯りを頼りにしばらく走っていると、木の根元にとんでもないものを見つけてしまった。
「なに、これ」
それは、両腕をいっぱい伸ばしたより大きな動物の骨だった。
白くて、頭が異様に巨大で、四本足。きっと鹿の仲間なんだろう。もっとも額に物干し竿のような角を生やした鹿がいるならだけど……。
さらに恐ろしいのは、この骨の脇腹には深くえぐれた傷があることだ。
こんな化け物みたいな生物を捕食する”なにか”が近くにいるんだ……。
歩と杏奈は回れ右して一目散に駆けだした。「わーーー」とか「ひゃーーー」とか意味のない悲鳴をあげていた。
骨は霧の中に隠れてたちまち見えなくなった。そして方向もまったくわからなくなった。
「崖どっちだっけ」
「さあ……」
崖の場所はおろか、どこにいるかもわからなくて二人は途方に暮れてしまった。顔を見合わせて呆然と立っていると、さらにおかしなことが起きた。
「ああ、急がなくちゃ。早くしないと。あいつがきちゃう。急がなくちゃ!」
これまで静かだった森の中に、突然甲高い男の子の声が響いた。それも霧の向こう、すぐそばで。
それは、目で追うのがやっとのすごいスピードで視界を横切っていった。
「あ、ちょっと待って!」
杏奈が呼びかけるけど、影は「急がなくちゃ、急がなくちゃ!」と叫びながら走り去ってしまった。
歩は杏奈と顔を見合わせた。
声は男の子のものだった。でも、霧に映ったあの特徴的な耳の影は――。
「あれって……ウサギ?」
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