第1章 霧の先へ

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 家に着くと、ゆかりがいそいそと台所に入って鍋を引っ張り出した。おいしいスパゲッティを作るのだとはりきっている。  歩は二階の自室にかばんを放り込むと、すぐさま一階のリビングに戻った。ゆかりには料理にこだわりがあるようで、調理の協力はさせてくれない。パスタの投入の仕方ひとつで味が変わると固く信じている。とはいえ、テーブルの片づけに、食器の取り出し――やれることはいくらでもある。 「そういえば、さっき先生から電話があったのよ」歩が食器棚からスープ皿を取り出していると、ゆかりが、湯気たつ鍋をぐるぐるかき混ぜながらそんなことを言い出した。「友達の靴を隠したんだって? しかも困らせるためわざとバラバラにしたっていうじゃない」 「……あんなやつら、友達なんかじゃない」  あいつら告げ口したんだ! 歩にはすぐピンときた。プライドなんてない連中なのだ。自分たちの嫌がらせを棚に上げて靴を隠された事実だけ先生に告げ口したんだ。そのくらい平然とやる。 「友達じゃない? そう、友達じゃないからやったのね……」  夕食がテーブルに並んでもゆかりの説教は続いた。 「歩が考えなしにそんなことしないとは思っているけど。でも靴を隠すなんて。小学生でもやらない、いたずらよね。それを中学ニ年生にもなってやるなんて……」 「でもあいつらは……」 「言い訳しない」ゆかりがお手製のペペロンチーノをフォークで巻き取りながら、ぴしゃりと言った。「相手の見えないところでズルするのはひきょうなことだと思うの。仲の良さなんて関係ない。もちろん歩のことだから、なにか理由があってやったんだと思う。それはわかってる。でも、どんな理由があってもわたしは、トラブルをズルで解決しようとは思ってほしくないの」  歩はしゅんと頭を垂らした。もちろん、隆也の嫌がらせに勇敢に立ち向かったのだと反論することはできる。時間をもらえるなら、隆也の悪事を原稿用紙いっぱいに書き連ねる自信だってある。しかし、ゆかりの悲しそうな顔を見てしまうと、なんとも居たたまれなくなってしまい、反論する気がなくなった。 「ごめん……もうしないよ」 「うん、お願いね。……それに、そうね、わたしだけじゃなくて、お母さんもきっと同じだと思うの。歩にはどんなことにも正々堂々としていて欲しいと願っていると思うの」 「それはどうだろう」  母親のことには歩は素直に首を縦に振れなかった。  子供のことなんて二の次だったあの人だ。気にしたりするだろうか? 「お母さんは心配なんてしないよ」 「心配するわよ。お母さんいつも歩のこと気にしてたんだから」 「……ごちそうさま」  母親の話を聞くのが辛くて、歩は話を遮って立ち上がった。ゆかりが目を丸くする。 「ごちそうさまって、まだ半分くらい残ってるじゃない」  お皿には、たしかにスパゲッティがひと固まり残っていた。歩はリビングから出ていきながら、「途中で友達と買い食いしてきたんだ、ごめん。残りは明日食べるよ」と言い訳をした。
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