悲恋の輝き

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 人の気配が、しないのです。なぜだかよく分からないけれど、奥さんが寝室で寝ているときとは違う、不穏な静けさが漂っていました。  彼もそれを感じたのか、怪訝そうに奥さんの名前を呼び、家の中を歩き回り始めます。  そして、ダイニングを覗いたとき――見つけてしまったのです。  食卓に置かれた、一枚の紙と小さなメモ。転がったボールペン。さらには、それらの傍らで孤独に輝く、姐さんを。  彼は音が聞こえるほど大きく息を呑み、食卓に駆け寄ります。 『他に好きな人ができました。ごめんなさい。』  ノートの端を破ったような粗末なメモには、たったそれだけの言葉が書き残されていました。  その下の離婚届は、涼しい顔で現実を突きつけてきます。すでに奥さん側の記入と押印は済んでいるようです。
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