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3. 男の話
それから少しの間、外の風の音とBGMだけが流れる時間が続いたが、口火を切ったのは男の方だった。
「この店いいですね。とても落ち着きます。よく来るんですか?」
「私ですか?ええまあ。よくというか、ほとんど毎日ですね。もはや自分の家みたいなものです」
他に誰もいない店内で「私ですか?」と聞き返した自分に違和感を覚えつつも、飲み始めたワインの手助けもあってか、警戒心のバリアのようなものが次第に解かれ、久しぶりに人と話をすることへの期待感が高まっていることを感じた。
「そうですか。確かにこういう店なら私も毎日来たいですね」
男の物腰柔らかく好感溢れるコメントに、店主は素早く反応した。そして、無口な常連客と未知の新参者の会話に好奇心を最大限に掻き立てられ、間に割って入りたいという衝動を抑えることはできなかった。
「お客さん、家はこの辺りなんですか?それとも職場がこの近くとか?」
男はいつの間にかカウンター越しに現れた店主の顔をじっと見つめ、二回ほど軽く瞬きをしてから答えた。
「旅をしているんです」
「旅?ですか」
店主はあからさまに驚いた様子で聞き返した。
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