I. 一枚の絵

2/3
前へ
/29ページ
次へ
 「皆様、通行の妨げになりますので、広がらないで、できるだけ前の方へお詰めください。こちらの絵でございますが、今朝方から無断で、許可無く誰かが貼ったようなのでございますが、どなたか心当たりのある方はいらっしゃいませんでしょうか?」  どうやら女性はこの町の職員のようでした。女性の言葉に、みな一様に辺りを見回しましたが、名乗り出る人はいませんでした。そのうち野次が飛び交いました。  「こんなのどうせ誰かの悪戯だろ?いいからとっとと剥がしちまえ!」と野次る人も出てきたり、「どうせいつも何のお知らせも無いんだからいいんじゃないの?しばらくそのまま貼っておけば。なかなか綺麗だし、ちょっとした広場の飾り付けにもなると思うわ」と皮肉交じりに言い出す人もいました。  そのうち、剥がす剥がさないの声があちらこちらからで飛び交い、にわかにその場はざわつきました。拡声器を持った女性は喧騒を制止しようと、また、時折耳を(つんざ)くハウリング音に負けじと、一段と大きな声で話しました。  「皆様!こちらでももう一度上層部や本庁に何か連絡漏れがなかったかなど確認いたします。確認が取れるまでは、とりあえずこのままにして撤去はいたしません。皆様も、その間もし何かありましたら引き続き情報提供いただけますよう、よろしくお願いいたします」  女性はそう言い終えると、少し苛々した様子で拡声器を二回ほど叩き、台を持ってそそくさとその場から去って行きました。集まっていた人達は、また好き好きに意見を述べ合い始めました。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加