I. 一枚の絵

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 私はとりあえず一旦その場を離れ、その日の宿を探しました。あまり贅沢もできないので、何軒かあるうちの一番安い小さなホテルを選びました。  チェックインを済ませると、ロビーの脇にある小さなカフェに腰を下ろし、コーヒーを一杯頼みました。するとスーツ姿でビジネスマン風の二人組が、近くの席であの絵について話をしているのが聞こえてきました。先輩風の中堅社員と若い社員のようでした。  「あの絵はなんなんだろうな」と先輩社員と思しき男性が言いました。  「ですよね。まぁあんまり興味はないんですけど、なんか奇妙な話ですよね」ともう一人の若い社員が答えました。 「でもなんかあれですよ、さっき聞いた話ですけどね?芸術振興会の連中があの絵をやけに高く評価してるみたいで、むやみに撤去しないで、丁重な扱いを検討するように働きかけているようですよ?」  「へぇ。まぁ今の町長なんて、あの連中の組織票で現職に居座っているようなもんだからな。ノーとは言えねえんだろうな。くだらねえ話だ、まったく」  「ほんとに。くだらない話です。世の中には暇な連中がいるもんですね」  二人は軽く鼻で笑うとコーヒーをすすりました。  私はしばらくコーヒーを飲みながらゆっくり旅の疲れを癒すつもりでしたが、そんな会話を耳にしたものですから、また急にその絵を見たい衝動に駆られてしまいました。そこで町の散策も兼ねて、また中央広場に向かったのです。
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