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10センチ、これが私たちの最短距離で。
その距離を越えることはないと、確かに私は知っている。
そして今日も縮まる事無く、けれど隣を歩いて帰路についていた。
「吉は卒業するまで部活に行くの?」
無防備な手をさすりながらふと思ったことを問いかけた。
「試合に出れないだけで所属はしてるからな。てか寒いなら手袋して来いよ」
「今日して来るの忘れたの」
進学先も決まり、周りは高校生活の思い出を残そうと遊んだり普段出来ないことをしているのにも関わらず、吉は相も変わらず授業が終わったら後輩にまじりキャッチボールをしノックを受け、バットで快音を鳴らした。
野球馬鹿だと思う反面、マネージャーとして一緒に残る私が居る。そう、隣を歩く二人は馬鹿なのだ。
「…部活ばっかりしてないであと僅かな高校生楽しんだら?」
人の事言えないだろ、と言いたげな目をくれた後、どこか逃げるように問い返してくる。
「美緒はどうなの?」
適当に返そうと思ったけど、ふいに学校を思い返す。同じ制服のはずの彼女らはスパンコールやスタッズのようにキラキラと輝き、そして鮮やかな色をしている。自ら目立たない色を纏う人なんて…。
「見ててね、羨ましいなって思うよ」
「じゃあ友達と放課後遊べばいいのに」
簡単に言うけれど、私には到底出切っこない。
いや、しちゃいけないんだ。
「友達とは卒業してからでも会えるから」
なんて事ないないように言い繕った言葉を真っ直ぐ前を見て放つ。
「俺もだよ」と吉は気付きもせずに同調するくせに沈黙をつくる。そして話しかけるのはまた私だ。
「友達は連絡すれば会えるけど、泉とは中々会えなくなるんじゃない?」
____泉。
その名前を聞いた刹那立ち止まり、驚きを隠せてない吉。
「何で泉?」って笑ってくれたらどれだけよかったか。でも知ってるから。
驚く顔も夕日のようなその顔色も予想してたよ。
「言葉にしないと伝わらない事ってたくさんあるんだからさ」
吉は豆だらけの右手を数秒見つめ、強く握り、言い淀んだ末に口を開いた。
「拒絶されたら、立ち直れない…から」
大丈夫。大丈夫だから。
言葉を紡いだその日から、隣には泉が笑っててくれる。
「吉の杞憂だって断言できるよ」
触れられない背中。言葉で押してあげれば緊張を解き、決心したようで。無意識にはにかんでいる横顔はすっきりとしていた。
これでいいんだ。
「そう言えば、部活がある日はいつも手袋してないよな」
手袋をしない下心も、
吉のことをよく知っている理由も。
私が言葉にしないから一つも知らないままで。
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