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おかしなティンカーベル
「あ、あのね、ティンク。おかしいと思うかもしれないけど、ボク、今、悩んでいるんだ。……なんだか体がヘンな気がして。声がおかしいし、手足も痛いし、あごもチクチクして。それに飛び方もおかしんだよ! 初めて飛んだ時の方が上手く飛べたんじゃないかなってくらい……」
ティンカーベルの部屋で彼女と向かいあって、思い切って切り出した。
仲良しのティンカーベルには今まで何でも話してきたのに、凄くドキドキした。それでもこのまま1人、不安を抱えているのは嫌だったから、思い切って話したのだ。
それなのに、ティンカーベルの返事は凄く素っ気なかった。
「そう」
ピーターパンはびっくりした。
ティンカーベルは確かに、ちょっと「おすまし」なところがあって、ピーターパン以外には「ツンツン」している子だ。
でもピーターパンにはいつもやさしくて、ピーターパンにはいつも笑顔を見せてくれて、ピーターパンのつまらない話にもいつだって笑ってくれたのに。
ティンカーベルに冷たい声を投げられたショックと、唯一の頼れる相手がいなくなってしまいそうな不安に呆然としながらも、
「ちょ、ちょっと待ってよ、ティンク! キミ、なんだか冷たくないかい!?」
焦って彼女に手を伸ばした。
いつもならティンカーベルは喜んで飛び込んできてくれるのに、ピーターパンの手をひらりと避けた。
信じられなかった。確かにティンカーベルは人に触られるのを嫌っているけれど、ピーターパンだけは別だったのに。
他の子供が触ろうとした時みたく、大きな目を嫌そうに細めて、眉を顰めた。絵本でしか見た事がないような、意地悪姉さんみたいな顔だ。
「ティ、ティンク……?」
なにが起きているのか分からずに、ふわふわと空中を漂うティンカーベルを、呆然と見上げるだけしかピーターパンにはできない。
そんなピーターパンに、ティンカーベルは絵本の意地悪姉さんの顔のまま、くすくすと笑った。
「あなたはもう、大人になったのよ。この国に大人がいらないことくらい、あなただってよく知っているでしょ?」
「大人? 何を言っているの? ティンク。ネバーランドは大人の居ない国だよ。ボクが大人になるワケないじゃない」
ティンカーベルが言っている事がピーターパンには分からなかった。
大人というのはやかましくて、意地悪で、子供の楽しみを奪うだけの悪い人間だ。そんな生き物、この「夢の国」にはいらないし、その大人が居ないからこそ、ネバーランドは「夢の国」なのに。
その国に大人が居るはずがないし、ましてやリーダー格の自分が大人になるワケがない。
そう思ってティンカーベルに問い掛ければ、ティンカーベルは笑ったまま。
「あなたこそ何を言っているの? あなたは人間なんだから、いずれ大人になるのは当たり前でしょう?」
それはピーターパンも知っている。人間に限った事ではなくて、生き物は絶対成長して、大人になるんだと、絵本や図鑑で読んだ。
だけどそれは、外の話で、ネバーランドの住人には無関係な筈だ。だってネバーランドは子供だけの国なんだから、そこの住人は大人になるワケがなくて、ずっと子供でいる筈なのだ。
頭がぐるぐるしているピーターパンの様子に構わず、ティンカーベルの声は止まらない。
ティンカーベルはずっとピーターパンにやさしかったから、彼女のこんな冷たい声をピーターパンは初めて聞いた。
「声変わりにヒゲ。それから成長期特有の関節の痛み。間違えなく、あなたが大人になりだした証拠よ」
声変わりも、ヒゲも、成長期も、ピーターパンの知らない言葉だ。
そんなもの、どんな絵本にも、図鑑にも、童話にも書いていなかったし、物知りの子供達の中にも口にした子はいなかった。
何も知らないのに、ピーターパンは声変わりだけ、知っている気もした。
毎日の発声練習を思い出す。聞こえる声はいつもおかしくて、1度だって今までの高い声は出てくれなかった。掠れていて聞きにくい声ばっかりで。
これが声変わりだって言うの? けれどティンカーベルが言うには声変わりは大人になっている証拠だ。
おかしい、おかしい、おかしいよ!!
混乱のままティンカーベルにもっと話をよく聞こうとピーターパンが伸ばした手は、
「分かったでしょう? センパイ。そして、この国に大人はいらないんですよ」
別の子供の声に遮られた。
ピーターパンより遥かに高い、少年の声に。
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