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【再会、されど素直になれず】
10月半ば、予約名簿を見て心が躍り出す。
彼の名を見つけた、長谷部克明、彼が来る、12月8日だ。
以前は「また来るんだ」くらいだったのに、何故か今は早く来てと思っている。彼の顔が見れない事がこんなに淋しく思えるなんて。彼の声を聞きたいと思うなんて。
今どこにいるのか知りたい、今、なにを思っているのか──。
*
はたして、彼は来た、極上の笑顔と共に。
「こんにちは」
満面の笑顔、弾んだ声で彼は言う。
「こんにちは、こちらに記名をお願いします」
顔がだらしなく緩みそうになるのを懸命に堪えながら、私は事務的に言う。
「はーい」
彼は大きな荷物を置いて芳名帳に名前を書く。
意外にも細くて綺麗な指、その指が書く字もとても綺麗だった。几帳面な人なんだろうなと感じた。
記入された芳名帳を受け取り、彼にルームキーを渡す、いつもの201号室。受け取った彼が身を屈めて床に置いた荷物を持ち上げようとする。
「あ、お運びします」
それは彼に限らずすることだ、フロント係はベルガールだってやる。
「大丈夫だよ、君より力持ちだし、なにより大事な仕事道具だからね」
「あ、はい」
キャリーバッグの他に、ボストンバッグとふたつもカメラバッグがある。大事な物なら触らない方がいいのだろう。でもせめて鍵くらい……と思ったが、それは余計な仕事かもしれない。私はただ彼の背を見送った。
*
いつものように毎夜出かけた四日後、彼はチェックアウトする。
「今度はどちらに行かれるんですか?」
「いったん自宅に寄ってから、長野へ。流星群の写真を撮りにね」
「流星群? それって夏だけじゃないんですか?」
よく騒いでいるのは、ペルセウス座流星群とか言うものだ。確かお盆の頃だったような気がするけれど。
「割と一年中あるんですよ。12月の半ばはふたご座流星群があるんです」
「わあ、真冬の星空って、いいですよねえ」
大晦日の夜に見上げた空に輝く星を思い出す。空いっぱいにオリオン座が瞬いていた、寒空に凛と輝くシリウスが綺麗で、そのシリウスとプロキオンとベテルギウスが作る冬の大三角は圧巻だ。その脇で静かに光る昴はとびきり素敵だと思う。シリウスが王とするなら、昴はさながらお姫様のような可憐さがある。
その冬の大三角の近くにふたご座があったと記憶している。冬の星空を流れ星が横切ったら──。
「いいなあ、一度見てみた──」
言いかけて止まった、いつぞやと同じだ。
言ってしまえと悪魔がけしかける、そんな事ははしたないと天使が引き留める。
「──あ」
彼が口を開こうとする。
「りゅ、流星群って言うくらいだから、いっぱい流れ星が見られるんですよね!」
慌てて会話をすり替えた、天使が勝ってしまったようだ。
彼の溜息が聞こえたような気がした。
「ええ、年によって変動はありますけど。うまく写真が撮れたら一番にお見せします」
「ありがとうございます! 楽しみにしてますね!」
精算も終えた彼が背を向ける、来た時同様たくさんの荷物を持って。
彼の姿が見えなくなってから、私は猛烈に反省した。
彼の様子からしたら、一緒に行きたいくらい言っても笑って受け入れてくれたのではないだろうか? 特別じゃなくていい、友達としてついていけばいいのに──馬鹿だ、私は馬鹿だ、いや、私の中の天使が馬鹿だ。
その晩も、私は悶々としたまま眠りについた。
*
12月14日、夜勤を終えて帰路に着く。ふたご座流星群は今夜極大らしい、ふと思って何気なく見上げた目の前には視野いっぱいに星が瞬く夜空がある。
こうして空を見ていたら、あなたと同じものを見ていると言う事になるんだよね、それってなんかすごく素敵じゃない?
じっくり見ようと足を止めた時、とびきり大きな流星が視界を横切った。
「わあ……!」
凄いものを見たとワクワクして眠りについた翌朝のニュースで、それが火球と呼ばれる現象だと教えてくれた。長谷部さんも見たのかな、遠く離れた場所で同じものが見られるなんて──。
『長野市茅野市の八ヶ岳の山道で、四輪駆動車が崖下に転落しているのが見つかりました。運転していたのは写真家の長谷部克明さん、28歳です』
──え?
『意識不明の状態で病院に運ばれ懸命な治療が行われているとの事です。山荘に荷物を運ぶ業者が、木がなぎ倒されているのを見つけ、数十メートルの谷底に──』
今、なんて言った?
嘘、だよね──でも、シャシンカのハセベ・カツアキが、あの人ではない可能性の方が低いだろう。できれば別人であってほしい。私が知る長谷部さんなら今どのような状態なのか知りたい……!
でも私と彼を繋ぐのは、ホテルと言う場所だけ。お互い連絡先も知らないし、当然私が彼の病室まで押し掛けるなどできない……私が出来るのは祈る事だけ。
神様、どうか彼を連れて行かないで。伝えていない事があるの、どうしても伝えなきゃいけない事が──。
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