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3
またあのビルへとやって来た。今はその中にあるカフェにいた。しっとりとした有線のBGMがほどよい音量で流れ、耳に心地よい。そこに並ぶ数十席の木製テーブルは、恋人風の男女が多く座り、ほぼ満席だった。その一席に私はいた。
これは何なんだろう? デート?
二人がけのテーブル。向かい側には彼がいて、今アイスカフェオレを口にした。そのコップを握る指が長くて綺麗で、私はそれに見惚れてしまった。今日の彼は黒いシャツとズボン姿で、昨日より大人っぽかった。私はシンプルな服装が好きなので、彼がそういう格好をしているのがちょっと嬉しかった。私のほうは、胸元をリボン結びにしたブラウスにタイトスカートを合わせたおとなしめの格好。珍しく少しメイクを変えて見た。普段は控え目な唇の上にパール入りのグロスを塗って艶感を出し、マスカラも丁寧に塗ってみた。気付いてくれるかな……
彼は沈黙を気にせず頬杖を突きながら、テーブルの上のメニュースタンドを傾けて新メニューの広告を眺めている。それからふと視線をこちらに向けた。
「汐名」
「何?」
「デザート食べない?」
「デザート……?」
私が地味な反応を示すと彼は甘えるペットみたいな目をした。
「……」
か、かわいい……
年下の彼は、大人びた面とまだ少年ぽい面とを合わせ持っていて、そのギャップが魅力的だった。彼は黙っていてもそこにいるだけで人目を魅くような美少年だが、中身のそういうアンバランスな所がたまらなく愛らしい。
「このパフェ半分こしない?」
彼はメニュースタンドの中の広告を指差して、私にそれを勧める。それは少し大きめサイズのチョコレートパフェだった。
「うん」
「やった」
嬉しそうに彼は微笑し、ウェイトレスにオーダーした。間もなくそのパフェが運ばれてくる。
「汐名、先に食べていいよ。オレ、下のスポンジが好きだから」
「ええ……」
彼は頬杖を突きながら、グラスの中のクリームやアイスやフルーツを眺め、私はそれをスプーンで頬張るのが恥ずかしかった。
「おいしい?」
「ええ……」
何だか観察されてるみたいで、冷たいアイスクリームを食べているのに頬が熱を帯びてきた。胸が高鳴る。その鼓動を紛らわそうとしたのか無意識にスプーンが進み、気が付くとほとんど食べ尽くしてしまっていた。
「クスッ……食べ過ぎ」
それを見て彼は笑った。
「スポンジちょうだい」
私は「ごめんなさい」とスプーンをグラスの中に寝かせ、彼がそのグラスを自分のほうに引き寄せる。
彼はがっつかず、上品にそれをスプーンに乗せて、口に運ぶ。そんな姿を見ていたら、自分の食べ方に自己嫌悪した。恥ずかしい……
完食した彼は口許を紙ナプキンで拭った。
「そろそろ……」
そう言いかけて彼の表情は凍結した。その視線は私ではなく、その背後に向けられていた。
「どうしたの?」
その問い掛けにも答えず、彼は席から立ち上がった。
「ごめん、これ会計してきて。後でオレの分払うから……」
「え、ちょっと!」
彼はそのまま私を置き去りにして店を出て行ってしまった。
私は訳も分からぬまま、伝票を持って席を立つ。そして会計に向かった。
あっ……?
そこにちょうど来店してきた男女を見て唖然とした。
叔父さん?
潤間四季?
何故二人が……
男性のほうは臣の父親で私の母の弟にあたる。女性のほうは養成施設の科学班の地質調査員だった。彼女と直接面識はなかったが、職場でその名は有名だった。不倫の女王と呼ばれている。
その彼女と何故叔父さんが……
私のその驚愕する視線に気付いた叔父は、そ知らぬ素振りに徹していた。女性のほうは顔を斜めに傾け、ちらりと私の顔を見た。それから彼にこそっと何かを囁いた。その距離はお互いの手と手が触れ合いそうなほど近くて、そこに二人の関係の深さが窺えた。
――臣!?
私は会計を済ませると真っ先に臣の携帯端末に電話した。しかし繋がるものの、応答はなかった。私は端末を耳に当てて歩きながら彼を探した。数軒の飲食店がテナントを構えるその階の広間は、大人の男女で溢れかえっていた。
私は途方に暮れ、彼にメールを送った。
“どこにいるの?”
やがて着信を知らせるランプが点滅した。
“配信確認――20:34”
「……」
私はそれを見て落胆した。そして発信履歴から電話を掛け直した。ディスプレイが彼の名前と番号を表示させ、“受信中”の文字を点滅させる。いつまでたっても全く出てくれる気配がなかった。
《はい……》
やがて繋がった。しかし、その声はさっきとは別人みたいに沈んでいた。その後の言葉が続かない。
「今、どこにいるの?」
慌てて私から切り出す。
《展望台があるとこ……》
「展望台?」
《うん……》
すっかり意気消沈したその声に苛立つように私は声を荒げた。
「わかったわ。今からそっちに行くから待ってて!」
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すみません。最後の台詞が欠けていたので追加しました(;´Д`)
「分かったわ。今からそっちに行くから待ってて!」
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