あなたってほんと、レトロ

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あなたってほんと、レトロ

男女が川沿いの公園を歩いている。 女は20歳の東洋人。 男は女と同じ歳のアラブ系外国人だ。 二人は同じ大学に通っている。 「サレハと出会ったのもこんな冬の日だったね。」 女はサレハと呼ぶ男に、同意を求める様に話をふる。 「ああ、僕が留学してすぐの頃だったね。まだこの国の文化がわからなくて、困っていた時にアカネが声をかけてくれた。」 「厳ついのに優しい目をしていたから、子犬を拾うような感覚で話しかけただけよ。 それにしてもここは、サレハが私に告白をした場所じゃない。記念日はまだ先よ。」 アカネは笑いながら話す。 「今日は言わなくちゃいけない事がある。」 普段の優しい目から一転して険しい目をアカネに向けた。 サレハがこんな目をする事は滅多にない。アカネも真剣な顔でサレハを見つめる。 「来月、母国に帰る。志願して青年士官になるんだ。」 サレハの母国、ラフルクルアーンは前年に隣国と開戦した。 原因は国境油田の利権争奪戦だ。 「確かに今の戦争は自律型二足歩行兵器が使われるようになって死ぬリスクは減ったわ。でも虫の一匹も殺せないあなたが戦えるようにはみえない。それに海外在住者は徴兵義務が免除されているのに、リスクをとって志願する理由は何?」 穏やかな口調であるが、言葉の節に厳しさをもって問い詰める。 「僕の町が敵に攻撃された。家族と連絡も取れない、それに今のままじゃ力で押されて恐らく負けるだろう。結果は見えていても僕は後悔なく生きたいんだ。」 やけではなく、落ち着いた口調でサレハは話す。 アカネは缶コーヒーをひとすすりすると優しくこう言った。 「あなたはこうだってなると、テコでも動かないのはわかってるわ。だから止めない。その代わり約束して、危なくなったらすぐ逃げるって。」 「わかった、約束するよ。アカネと会えなくなるのは嫌だからね。」 サレハは優しい目に戻った。 「そうだ。あなたのお気に入りの N-JT を聴かせて」 N-JTはサレハがお気に入りのジャズミュージックだ。静かな曲調でありながら、どこか優しさを感じる、そんな音楽だ。 サレハはポケットから音楽プレーヤーを取り出す。 「ほんとにレトロな機械が好きなのね。今時、音楽は頭に埋め込んだ小型ICチップで聴けるのに。」 「アカネの国でいうところの 詫び寂び ってやつかな。」 サレハは冗談めかしながら有線イヤホンをアカネに差し出した。
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