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一匹の猫がいました。
猫は一匹でした。
大勢の猫がいる中で、
その猫は一匹でした。
人はその猫を見て囁きます。
「可哀想な猫」だと。
鳥も犬も鼠も他の
その猫を知るモノは皆そろって言います。
「可哀想な猫」だと。
猫は不思議に思いました。
「ボクはカワイソウな猫なのだろうか」と。
草むらで転がりながら不思議に思いました。
「カワイソウって何だろう?」
猫にはよくわかりませんでした。
可哀想可哀相カワイソウ。
囁かれる度に不思議に思って首を傾げます。
「カワイソウって、何?」
よくわかりません。
そんな可哀想な猫の所へ、ある日、神様が下りてきて言いました。
「可哀想な猫、お前の望みをひとつだけ叶えてあげよう」
どうして神様がそんなことをおっしゃって下さるのか猫にはよくわかりませんでしたが、それならばと猫は訪ねました。
「神様、カワイソウって何ですか?」
神様は少し考えるように沈黙され、それからふむと言いました。
「その答えを探すために、森羅万象全てのモノに問いかけることができる力をお前にあげよう」
神様がそういうと、猫の喉に光の粒が巻きついて消えました。
「ただし、一つのモノに一度ずつしか問うことはできない力だ」
告げて神様は消えておしまいになられました。
結局のところ、猫の問いには答えてくださらずに。
力をもらった可哀想な猫は、さっそく大きな人間に問いかけてみました。
「ねぇ、ボクはカワイソウなの?」
人間は驚いて叫びました。
「きゃあ!? 猫がしゃべったわ!!」
あわてて猫は逃げ出しました。
「ふぅ、危ない危ない。そっか、ニンゲンに話しかけたら怒られるのか、気をつけなきゃ」
独り呟きてけてけ歩いていると、道の脇にシロツメグサの花達が咲いているのが見えました。
猫は歩み寄り、問いかけます。
「ねぇ、ボクはカワイソウなの?」
シロツメグサの花達は身を寄せ合い、それから一斉に声をそろえて答えました。
「ええ! とっても可哀想!」
「どうして?」
首をかしげて問いかけましたが、それにはもう何も答えてくれません。
一度ずつしか問いかけられないという言葉の意味を、このときに猫はようやく知りました。
またしばらく歩いていると、今度は一本の表札を見つけました。
猫は問いかけます。
「ボクはどうしてカワイソウなの?」
表札は困ったように答えました。
「可哀想なら、可哀想なんだろう」
猫にはよくわかりませんでした。
猫は歩きます世界中を。
そうして問いかけます、いろんなモノに。
「ボクはカワイソウなの?」
「どうしてカワイソウなの?」
「カワイソウって何?」
「なんでカワイソウなの?」
だけど答えはみんな同じでした。
「ええ、あなたは可哀想」
「可哀想だから可哀想なの」
「可哀想は可哀想だよ」
「可哀想だからだよ」
問いの答えはいつまでたっても見つかりません。
ある時、猫はたくさんの蝶々達に問いました。
「ねぇ、ボクはどうしてカワイソウなの?」
蝶達はひらひらと舞いながら声を揃えて答えました。
「きっと一つだから可哀想なのよ」
謎が一つ増えました。
ボクはカワイソウ。
カワイソウはカワイソウ。
カワイソウだからカワイソウ。
カワイソウは一つ。
一つはカワイソウ。
歌いながら猫は歩き続けます。
もうずいぶんと遠くまで来ましたが、答えはいっこうに見つかりません。
見渡す限りの草原が続く野道を歩いていると、猫は道の脇にカカシを見つけました。
猫と同じくらいの大きさの石の上に腰掛て、目深に帽子をかぶって体を包み込む服を着ています。
猫はカカシに歩み寄り、問いかけました。
「ねぇ、一つはカワイソウなの?」
カカシは驚いたように沈黙しましたが、落ち着いた低い声で答えました。
「いいや、一つなのは可哀想ではないよ」
猫は驚きました。それは初めて聞く答えだったからです。
「どうして一つなのはカワイソウじゃないの?」
わくわくして聞きましたが、猫は一つのモノにつき一度ずつしか問えないので、カカシには「にゃうにゃう」としか聞こえませんでした。
すると、カカシは猫をやさしく抱き上げて立ち上がりました。
カカシが動くなんて聞いたことも見たこともありません。
驚いた猫が見上げると、そこには空と同じ色の宝石が二つ、猫を見下ろしていました。
カカシは人間だったのです。
人間は話しかけると怒ります。あわてて逃げようとした猫を、その人間は優しく撫でました。
「猫君。君はあの空に輝く太陽を見て可哀想だと思ったことはあるかい?」
問われて思わず首を横に振ります。
だってあんなに強く光を放つ太陽を、可哀想だなんて思えません。
人間は優しく微笑み頷きました。
「確かに大勢なのは幸福だろう。だけど、それは孤独が可哀想だということにはならない」
人間の言葉に、猫は首を傾げます。
「いいかい、猫君」
人間は言います。
「孤独とは可能性だ」
歌うように続けます。
「それはこれから出会えるということなんだ」
僕と君のように。
言われたその言葉に猫はとても驚きました。
とてもわくわくして、楽しい、これはなんと言うのだろう。
そんな猫に、人間は続けます。
「僕たちは巡り会うことができた。この広い世界の中で。これをなんと言うか君は知っているかい?」
いいえ
いいえ、ボクはそれを知りません。
空と同じ色の瞳を覗き込む猫に、人間は微笑み、額を合わせて答えます。
「それは幸福というんだよ」
コウフク?
「幸せってことさ。僕は幸せな人間。君は―――」
幸せな猫なんだ。
――カワイソウな猫は、その日からカワイソウではなくなりました。
猫のことを幸せだと言ってくれるモノが傍にいるからです。
猫がいることで笑ってくれるモノがいるからです。
カワイソウな猫はその日から、シアワセな猫になりました。
一匹と一人。
彼らがその後どこへ行ったのかは
誰も知りません。
END
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