しのぶもぢずり

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 最期の日と同じ、椛柄の着物を身に纏った彼女は、記憶の中の姿より、いくぶんか大人びて見えた。  夕日を受けてやわらかに輝く全身は、薄く透けているようだ。足の先に至っては、ほとんど存在していない。  僕は幽霊とか妖怪とか、そういう怪談話を聞くと、トイレに行けなくなってしまうほど臆病だったけれど、不思議と怖くはなかった。 「おうちゃん、私が見えるんだね」  縁側の手前で立ち止まってそう囁くので、反射的に小さくうなずく。すると、彼女は安心したように表情を崩した。 「じゃあ……このことは、ふたりだけの秘密にしよう」  落ち着いた声で言って、今度は兄のほうへ視線を移す。 「私のせいで誰かが傷つくのは、もう、嫌だから」  兄を見つめたまま、哀願するように言った彼女。その儚げな姿を認識しているのは自分だけなのだと瞬間的に悟った僕は、黙ってもう一度うなずいた。  それから、僕らは年に一度だけ、彼女の命日の前日に「秘密の時間」を過ごすようになったのだ。 * 「ほーら、そんな顔しないのっ」
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