しのぶもぢずり

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 はっと我に返ると、ふくれっ面の彼女が、おでこをくっつけられそうなほど目の前に立っていた。  僕たちを包むのは、どこか涼しげな葉音と、小鳥たちのさえずりだけ。  最初の一、二年こそ、人目につかないように気を付けつつ、百人一首でかるたをしたり外で遊んだりしていたが、成長とともに、より安全性を配慮するようになった。  歳を重ねるにつれ無邪気にはしゃぐことも少なくなり、僕が小学校高学年になったあたりから、近所の並木道を着物姿で歩きながら、紅葉狩りをして過ごすのが恒例となっている。 「やっぱ頭ひとつぶん違うや」  ただでさえ至近距離にいる彼女が、ついと前へ出てきて、そんなことを呟いた。瞬間、心臓が、小石を投げ入れられた水面みたいに跳ねて、かすかな音を立てる。  彼女は死んでいるはずなのに、ずっと同じ着物を着たままで、会うたび僕と同じように成長し、その美貌に磨きをかけていた。  いつからだろう。僕の中の「好き」が、けっして抱いてはいけないものに変わってしまったのは。  年に一度、ハナミズキの下で再会するような、特別な関係でなければ。彼女が怪談話に出てくるそれのように、おどろおどろしい姿をしていれば。こんな想いに心が乱れることも、きっとなかったのに。
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