しのぶもぢずり

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「何なんだよ、一体」  苛立った様子で吐き捨てる兄に、 「姉ちゃんが、最後だって言うから」  僕はあくまで冷静に答えた。 「お前、まだそんなこと」  兄の軽蔑するような含み笑いを最後にして、室内に気まずい沈黙が降りる。  じわりと不安が忍び寄ってくるのを感じ、僕は隣にいる彼女を見やった。  後先考えずにお願いしてしまったけれど、本当に弾くことなんてできるのだろうか。  彼女は、自分が死んでしまってから長い間眠り続けていたそれを目の前にして、今までにないほど真剣な表情をしている。  やはり透けた体を通り抜けてしまうのか、すらりと長い指に爪は付けられていなかった。弦が触れるか触れないかの距離に手をかざし、念ずるかのごとく、ただ熱心に、琴を見つめている。 「……やってらんねぇ」  ついに愛想を尽かしたらしい兄が、深いため息をついて腰を上げようとした、そのとき――
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