しのぶもぢずり

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 すっかり乾き切った兄の心を潤したものは、最愛の妹が奏でる音にあふれだした感動ではないのか。  固唾を呑んで、真実を待つ。 「桜輔、お前が……よそのうちに捨てられた子供なんかじゃなくて、本当の弟だったら」  刹那、時が止まった。彼女の音色が躍る空間で、三人の時が、一瞬だけ止まった。  再び動き始めると、祖母は兄に顔を向けて目を丸くし、眉をへの字にし、それから、眼差しの奥にかすかな怒りを宿す。 「いいんだ。もう、いいんだ」  僕はそれを、やんわりと制した。  怒ることなんて何もない。兄の思いもよらない告白は、僕の心を、長年苦しめられてきたふたつの(かせ)から、解放してくれたのだから。  初めて知る事実に驚かなかったと言えば嘘になるけれど、ずっと抱いてきた違和感が、すとんと胸の奥に落ちたから、自分でも意外なほどすんなり受け入れることができた。
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