しのぶもぢずり

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 ゆったりと演奏が鳴り止む。琴から光が散り、彼女の体はほとんど周囲の景色に溶け込んでしまっていた。 「姉ちゃん……」  今にもなくなりそうな彼女に、そっと語りかける。  伝えよう。もう押し殺す理由はないのだ。 「好きだよ」  すると彼女は、まだ辛うじて存在しているその美しい顔に、嬉しさと悲しさが入り混じったような笑みを刻み込みむと、 「   」  唇だけで最後の言葉を紡ぎ、吸い込まれるようにすうっと消え去っていった。  僕の想いは、望んだ形で彼女に届いただろうか。もう確かめようがないけれど、彼女の切なる願いは、はっきりと胸の奥まで伝わってきた。  それだけで、充分だ。 「生きるよ、ちゃんと」  彼女がいなくなった、兄の静かな嗚咽だけが落ちる部屋で、僕の中の僕が、やっと最初の一歩を踏み出した。
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