しのぶもぢずり

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「はぁ? 何それ意味分かんない。だいたい、ランドセル玄関に投げてあるだけだし、どうせ手も洗ってないくせに。私はちゃんと全部やったんだからねっ!」 「そんなのはルールに入ってないでーす」 「あ、ああ、あの……兄ちゃんも姉ちゃんも、ケンカはやめ、よう? ぼ、ぼくの、あげるから……」  震える声で口を挟めば、 「お前は黙ってろ!」「おうちゃんは黙ってて!」  と声をそろえて一蹴され、関係なかったはずの僕が泣きだす。 「これこれ。帰ってきて早々なにやってるのぉ」  そこへ、祖母のしず代が飛んできて、やわらかな口調で仲裁に入るのがお決まりの流れだった。  両親は仕事の忙しさを理由に、僕たち三きょうだいを、ほぼ一年中、同居している母方の祖母に任せきりだったのだ。 「(もみじ)、おまんじゅうならまだあるからそんなに怒らないの。雪成(ゆきなり)は荷物片づけて手洗ってらっしゃい。まったくもう」  ふたりをたしなめながら、祖母は傍らで泣きじゃくる僕の頭を撫でた。 「ほら、おうちゃんも泣かないで」  その言葉にますます涙があふれてきて、祖母の着ていた割烹着(かっぽうぎ)に顔をうずめようとしたとき、渋々玄関へと向かった兄から投げられた冷たい一瞥(いちべつ)は、今でも脳裏に焼きついている。  たそがれ時、深くしとやかな和の音が、庭に面する和室を包み込んでいた。  
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