しのぶもぢずり

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 我が家唯一の女の子だったからだろうか。祖母は彼女に何か特別な期待を寄せていたようで、保育園に通い始めた頃からずっと、自ら琴の稽古をつけていた。  長年続けるうち、彼女自身も琴にすっかり魅了されたのか、祖母が「ちょっと休憩しましょうね」と部屋を出ていっても、その小さな手は、たいてい弦に触れている。  僕はいつも、彼女が琴を弾く姿に強く惹かれた。  艶のある黒髪をきれいに背中へ流し、名前にちなんで祖母が選んだ、白地に鮮やかな濃淡の椛が舞う着物を纏っている。  琴爪をつけた細く白い指がひとたび弦を弾けば、奏でられた優しい音色は、体の芯まですっと()みわたってきた。  楽器の演奏には奏者の人となりが素直に現れるのだと、祖母は口癖のように言っていたけれど、本当にその通りだと思う。  僕は、子守唄を耳もとで囁かれるような心地よさに少しでも浸っていたくて、稽古の最中は決まって彼女のそばにいた。夕空を眺めるふりをして隣に座ってみたり、部屋の片隅で児童書をめくりながら耳を傾けたり。ときにはうっかり眠ってしまうこともあったほどだ。  そんなふうに邪魔にならないよう気を配りつつ、至福のひとときを楽しむのが、幼い僕の日課だった。
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