しのぶもぢずり

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 毎日と同じようにしていれば、あんなことも起きなかったかもしれないのに。その日の僕は何を思ったのか、彼女の演奏が響く庭でボール遊びをしていた。  小ぶりなそれを、ついては追いかけ、追いかけてはつく。  よく弾むのがおもしろくて地面に強く叩きつけると、大きく飛躍してそのまま目の前にあるハナミズキの枝に引っかかった。  しばらく悩んでから、秋らしく茜色に染まった木へと手を伸ばしていると、 「あっ、おうちゃん」  彼女が琴を弾いていた手を止め、爪を外し、庭先に置かれた靴を履いて駆け寄ってきた。 「待ってて。取ってきてあげる」  そう言うと、着物が汚れるのも気にせず、軽々と木をよじ登っていく。  彼女はときたま、着物姿で和楽器を奏でるつつましやかな少女とは思えないほど、男勝りでたくましい一面を見せることがあった。 「もうちょ……届いた!」  彼女が上げた歓喜の声に、僕も両頬が持ち上がるのを感じた次の瞬間、突然、何かが崩れるような鈍く乾いた音が響く。
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