しのぶもぢずり

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 驚いて思わず目をつむってしまった僕が、再び視界に同じ景色を映し出したときには、枝が折れたハナミズキが悲しそうに立っていて――その下で、枝の残骸と、ボールを抱えたまま頭から赤黒い液体を流した彼女が、力なく横たわっていた。 「姉ちゃん……?」  何が起こったのか、分かるようで分からない。本当は分かっていたのだろうけれど、すぐには認められなかった。  まだ比較的若い木だったから、十歳程度の子供の重さにも耐えられなかったのかもしれない。でもそれほどに若いのなら、丈もそんなになかったはずだ。  僕は、あの瞬間、計り知れない恐怖を覚えた。少し高い位置から落ちただけで、人の命があっけなく終わってしまう、そんな恐怖を。  けれど、まだ幼くて言語力も理解力も乏しかった当時の僕には、目の前で起きている事実を、頭の中でうまく整理することができなかった。  たたずんだまま涙も流さず、ただ、自分の内側から迫ってくる大きくて不気味な何かに、体と唇を震わせるばかりで。  旋律する僕と動かない彼女を、薄闇に浮かぶ朱色(しゅいろ)の夕日が静かに見つめていた。  彼女が遠い、とてつもなく遠いどこかへ旅立ってから、僕は空っぽの毎日を過ごした。  本当に、空っぽ。
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