クローン・キャスト、昔話再生します/鶴のしっぺ返し

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クローン・キャスト、昔話再生します/鶴のしっぺ返し

《プロローグ》 地球歴2455年、日本人の脳から「日本昔話」の記憶が失われつつあることが発見された。「日本昔話」は日本人が日本の国土と交わる中から自然発生した人と国土の「共有神話」。それが失われることは、日本人とその国土が地球上から消滅することを意味した。 地球歴2465年、時空に裂け目が生じ太陽系の並行宇宙に存在するラムネ星への通路が開けた。ラムネ星人は地球人とほぼ同じ身体と生態系を有していた。そして、地球上から日本人とその国土が失われる時、ラムネ星で同数のラムネ星人と同面積の大地が失われることが判明した。 地球歴2485年、ラムネ星歴2971年、地球連邦政府とラムネ星中央政府の間で「日本昔話再生支援協定」が結ばれ、ラムネ星に「日本昔話再生支援機構」が設立された。同機構の目的は、過去の日本人そっくりでかつ様々な動物や物体に変身できるクローン・キャストを作り、時空の裂け目を通して「むかし、むかし、あるところ」の日本に派遣して「日本昔話」を再生することである。 こうして、ラムネ星から時空の裂け目を通して地球に飛び昔話を再生するクローン・キャストたちの悲喜こもごもの奮闘が始まったのだった。 《本編》  傾き始めた冬の陽が機織り部屋の障子を黄色く染める。障子に与平の丸っこい影が浮かび上がる。  今日もまた、ふもとの飲み屋に出かけるのだ。帰りは明日の朝。それもグデングデンに酔って、玄関の上がり框に転がって寝てしまう。そして、夕方目覚めると、私の顔も見ず、また飲みに出かける。    そんな毎日が繰り返されること、もう1週間。私は鶴に変身し羽を抜いて美しい布を織り続けてきたが、羽は、もう半分しか残っていない。与平は、私が織った布をふもとの市で売って飲み屋の若女将に貢いでいる。  私は、ラムネ星の「日本昔話再生支援機構」から日本昔話『鶴の恩返し』を再生するために派遣されたクローン・キャスト/M2191、通称・美奈絵。超美人な上に色々な動物に変身する力を持っている。  鶴に変身し、与平の通り道で罠にかかって彼に助けてもらった。私は、その恩を返すため人間に姿を変えて(というか、戻って)与ひょう の家にやってきた。与平は私の美貌にノックアウトされて、私を嫁にした。  そう、嫁にはなった。だけど、与平はただの女好きというだけで、私とは別にふもとの飲み屋の若女将にも惚れている。というか、残念ながら、私より向こうにもっと夢中になっている。  私より魅力的ということは、その女将が私を上回る超美人なのか、与平に女性を見る目がないか、どっちかだが、私は、後の方に違いないとみている。  話を『鶴の恩返し』に戻す。与平の嫁になった私は、機織り機と機織り部屋を用意してくれと頼む。与平は私の頼みを聞き入れる。私は、布を織っているところを絶対に見ないでくれと与平に頼んだ上で、毎晩鶴に変身して羽を抜きそれを素材に美しい布を織る。 「私が3枚目の布を織っている時に好奇心にかられた与平が機織り部屋をのぞいてしまい、与平に鶴の姿を見られた私は与平のもとを去る」というのがオリジナルの昔話。  布を織るところまでは、昔話どおり進んだ。でも、3枚目の布を織っている時に、与平は機織り部屋をのぞかなかった。4枚目の時も、5枚目の時も……夕方変身を解いた私から布を受け取ると、そのまま「飲み屋へGO」してしまうからだ。私は、いま8枚目を織り始めている。  私は、昨日、脳内の「時空跳躍通信装置」を起動させ地球とラムネ星の間の暗黒宇宙にある「昔話審査機構」にミッション中止を頼んだ。  ところが、答えは、あくまでミッション続行というものだった。「昔話審査機構」はラムネ星人3人と地球人4人で構成されているのだが、地球人4人が強硬にミッション継続を主張しているという。地球側のキャスティング部長が与平の人選を誤ったことを認めたくないからに違いない。  くそっ! このままだと、私は羽をすべてむしり取られ蒸し鶏状態になってしまう。そうなったら、労災として認められるのか? いや、これまで10年間「日本昔話再生支援機構」で働いてきて、これが労災扱いになるとは思えない。  こうなったら自分で自分を救うしかないと腹をくくった私は、その夜、機織りはそっちのけで、脱出作戦を考え続けた。  翌日、いつものように陽が傾き始めたころ、与平が起きだした。私は鶴に変身したまま、 「あっ、ダメ。もう夫が起きる時間だから……あっ、やめて。お願いだから……あっ、そこはダメ……やめて、お願い……あっはぁ~ん」  と、地球人のアダルトビデオなるもので学んだ人妻の不倫場面を演じ始める。私たちクローン・キャストには性欲がないので、何が「ダメ」なのか何が「あっはぁ~ん」なのか見当もつかないが、わかってないことでも演じられるのが、私たちクローン・キャストだ。 「俺の女房に手を出してるのは、どこのどいつだ!」 与平の怒鳴り声が響き渡った。障子が荒々しく引き開けられる。  その次の瞬間の与平の顔。私は50歳になって機能停止させられるまで忘れることはないだろう。与平は目玉がこぼれそうなくらい目を大きく見開き、顎が落ちそうなくらい口をあんぐり開いていた。  ツンと鼻をつく匂いが漂い始めた。匂いの出所を見ると、与平の両足の間の土間が黒く湿っている。与平は驚きのあまり、お漏らしをしたのだ。 「残念ですが、今日の飲み代にする布はありません。それから、自分で汚した後は自分で綺麗にしてくださいね。では、私はこれで失礼します」  私は土間に尻もちをついた与平の横を通って外に出て、飛び立った。1キロほど離れた山の中に、「日本昔話再生支援機構」の時空転移装置が私を迎えにくるはずだ。  私の頭の中で「時空跳躍通信装置」が強制起動された。頭の中に「昔話審査会」のラムネ星人審査員の声が響く。 「M2191、なんてことをしてくれたんだ! 与平が嫉妬から機織り部屋をのぞいても『鶴の恩返し』を再生したことにはならない。彼が好奇心からのぞかないとダメなんだ」 「わかってますよ。でも、あの人、女性を見る目がまるでなくて、私に関心がありませんでした。あれ以上続けても無駄でした。昔話は再生できなかったけど、迎えの『時空転移装置』はよこしてくださいね。さもないと、私はふもとの市に行って、人間から鶴に変身するところをそこらじゅうの人に見せますよ」  舌打ちする音がして、「時空跳躍通信」が切れた。 「ははは、ざまあみろ、与平。ざまあみろ、地球のクズども」 私は、今の、この快感も、50歳で機能停止させられるまで忘れないだろう。 (注)「日本昔話再生支援機構」のクローン・キャストは満50歳を迎えた瞬間に全ての機能が停止するように設計されている。                            〘おしまい〙
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