お姫様が言えなかった言葉【ダークファンタジー版】

5/5
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 お姫さまは、城壁の上に立ち、完全武装の警備兵に囲まれていました。呆然としている兵士の人垣を掻き分けながら、瞳には燃え盛る赤い炎が映しながら、納屋を見下ろしていました。  剣を鞘に収めながら、兵士たちに毅然としていました。 「国王陛下も王妃陛下もお亡くなりになりました。負けました。これ以上の戦いは(たみ)を巻き込みます。負けを素直に受け入れましょう。降伏します。先生、白旗を用意してください」  傍らで、寝巻着(ねまきぎ)姿で、松明(たいまつ)を手にうろたえる家庭教師に、お姫さまが怒鳴ります。 「白いテーブルクロスを、すぐにどこかから、持ってきてちょうだい。兵士から槍を借りてテーブルクロスを縛りつけるのです。白旗代わりにして、お城の一番高い塔に立てなさい。敵にも、騎士道(きしどう)はあります。鎧を着てない女性を攻撃したりしません。戦いは何も生み出しません。降参します」 「かしこまりました」  家庭教師の先生は、紅蓮の炎に照らされる高い塔の先端で、白旗を上げ終わり、何者かに弓で撃たれて命を落しました。  お城の軍隊は、お姫さまの命令に従い、降参しました。  翌日の朝、まだ、焼けた建物の煙がくすぶる中。お姫さまが、お城の大広間で、整列した隣国や自国の兵士が見守る中、隣国の王子から差し出された降伏文書に、国を代表して調印します。  降伏の条件には、お姫さまが隣国の王子と結婚する条項もありました。なお、降伏文書を小一時間(こいちじかん)で作成したのは、お姫さまでした。  お姫さまは隣国の王子は結ばれました。隣国の王子が新たな国王となり、お姫さまは、王妃の位に納まりました。  新国王は、寝室で王妃に尋ねました。 「この国は詳細な地図もない、私の軍隊が戻る道も分からない。地名も分からない。村の名前や、人口の分布も分からない、納税の記録もないのか」 「重要な記録は、全ては私の頭に入ってますわ。わたくしが、“どなたかに”不用と判断され、殺されない保険ですわ。国王陛下」 「抜かりがないな」 「だって、あの女家庭教師を眉一つ動かさず、弓で撃ち殺した方ですもの」  二人は互いを見つめながら、高笑いしていました。無論お姫さま、改め、王妃さまは、城内にまだ残っている、秘密の脱出用トンネルについても、話しません。  王妃は、家庭教師から習った外国語を駆使して、海外の学術書を参考にします。農作物の収穫量を上げ、商業を発展させました。  選挙権などない国民にとっては、王さまなど誰でも構わなかったのです。ただ、国民の暮らしを、少しでも楽にしてくれる統治者が正義でした。  無骨な王さまより、学識者の王妃に国民はひれ伏します。武器の扱いが上手でも、平和な時代では、役に立たなかったのです。  王妃は、子供が生まれた後でも、口はかなり重かったそうです。国民や家来たちは、王妃さまの立場に同情しました。  王妃さまが豊かになった国内を馬で巡り、庶民に気さくに声をかけます。  偽りであっても、公のために尽くす姿を遠くから見れば、国民は皆、無言で感謝したそうです。 (完) 5ab43a41-94a0-411f-bf5e-6c617b7d7dca
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!