第一章 最悪の金曜日~やけ酒と過ちの一夜

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 弥生(みお)は、この店に健司と来たことがない。彼は行きたがらなかった。彼とは訪れていないという事実が、弥生にこの店を選ばせた。  「いらっしゃいませ」  金曜日の夜なのに、リトリートは思ったよりも客が少なく感じられた。東京の混雑を見たからかもしれない。  「弥生さん……久しぶりですね……」  険悪な空気を察したらしい、バーテンダーの(りょう)を弥生は軽く(にら)んだ。就職してから来るのは初めてだ。  何も()くなという空気を感じた涼は、気づかなかったように、弥生にカウンターを(すす)めた。  「ご注文は?」  キャリーを椅子の横に置いた弥生は、自分の気分に相応(ふさわ)しい色のカクテルを注文した。  「黒いカクテル。強いやつよ」  やけ酒と気づいたらしい涼はあいまいに頷いて、細いシャンパングラスに二種類の液体を注いだ。黒い色の液体の上に茶色の泡ができていて綺麗だ。その美しさも弥生を苛立(いらだ)たせた。
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