第一章 偽りの愛情

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 「それでは、紗彩(さや)を連れていきますね」  鷹也はそれ以上の会話を必要としないようだ。さっさと紗彩の席に行って荷物を持った。  「紗彩、後で連絡しなさいよ」  兄と総務部を出る前に、紗彩は裕子に耳打ちされた。  初めて知らされた彼女が驚くのは当たり前。隠していて申し訳ないと思った紗彩は頷いた。  「落ちついたら連絡します」  紗彩が約束したからか、裕子はそれ以上は何も言わないで、両手に乗る程度の箱を渡してきた。  「退職の餞別(せんべつ)よ。実用品だから使ってね」  「あ、ありがとうございます」  頭を下げた紗彩を、裕子は穏やかな表情で見つめていた。  他の誰かから何か言われる前に、鷹也は紗彩と一緒に総務部を出た。  良一が悔しそうな表情を浮かべているのが可笑(おか)しくて爽快だった。  普通の会社の役員など、霧山商事の専務秘書にはまったく(かな)わない。  彼は極上品を(のが)したのだ。紗彩を(あなど)ったから。
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