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「でも、今日はまだ降ってないよ」
雲行きこそ怪しいものの、まだ傘はいらない。
足を止めてそう笑いかけてみたけれど、彼の表情は曇ったままだ。今日の雪空みたいに、冴えない色をしている。
何か――何かないだろうか。彼を元気づけられるもの。
あっ、そうだ。
「桜は無理だけど、ほかの花だったらきれいに咲く場所知ってる」
「えっ、なに?」
興味深げに問うた彼に、私はちょっと自慢げに微笑む。
「じゃあ、目つむって」
言われるがまま目を閉じた彼の手を握り、再び家へと続く道をゆっくりと歩き始めた。
いつも別れる曲がり角に差しかかっても、今日は素知らぬ顔で通り過ぎる。
そこで、はたと気づいた――彼と、手をつないでいることに。
何やってんの、私。
恥ずかしさに俯いたその瞬間、ふたりの手のぬくもりを、雪の冷たさが邪魔した。
「あっ、降ってきた」
傘を差すべきか。
けれど、それには肩に提げたスクールバックの中を探らなくては。つまり、彼の手を一度離さなくてはならないことになる。
それだけはなんとしても避けたい。
幸い、上着を通して触れ合う雪の感触が心地いいくらい、小粒でおだやかな降雪だった。
彼も何も言わず、私に身を預けてくれている。
どうせ雪の中で立ってなきゃ見られないし。なんて言い訳を心の中でつぶやいて、
よし。
「ちょっと走るよ」
傘を諦めた代わりに、私は少しだけ足を速めた。といっても彼は体調が優れないようだし、それほど距離があるわけでもないから、小走り程度だけれど。
そうして目的地にたどり着くと、そっと彼の手を離し、囁くように言う。
「いいよ」
言われて慎重に目を開けた彼は、感激したように深く白い息を吐いた。
「まだ、つぼみなんだけどね」
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