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11月XX日、金曜19:23
恵比寿駅から徒歩四分、チェーン店とは一線を画す小洒落た居酒屋の一角で、優樹は来店時からずっと愛想笑いの形で表情筋を固定していた。
薄暗い店内には、耳を澄ますとかろうじて聞こえるくらいのボリュームで、インストゥルメンタルの洋楽チューンが流れている。
(あ、この曲知ってる。確か、芽依の結婚式の入場曲だった……)
アラサーとなって、結婚式に呼ばれることも多くなった。高校の同級生である芽依は、先月みなとみらい地区の有名ホテルで盛大に式を挙げた。新郎は彼女の転職先の同じ課の五歳上の先輩。
社内結婚だったからかゲストの数も多く、お色直しから料理、引き出物まですべてが文句なしに立派だった。
結婚式の幸せな記憶を思い起こしていると、個室の扉がカラリと開き、黒いエプロンを付けた女性店員が顔を出す。
「お待たせいたしましたー、グレープフルーツサワーと生ビールと、ウーロンハイです」
「ありがとうございます」
出入り口に一番近い席に座っていた優樹は店員の手から次々にグラスを受け取り、数分前の注文時の記憶をたどり、テーブルのメンバーに正確にグラスを回した。
「きたきたー」
「じゃ、もう一回カンパイする?」
「そうしよっか」
フューシャピンクにストーンで縁取ったジェルネイルをきらめかせ、または手首にオーバーサイズのアンゴラニットの袖を余らせながら、女性陣が乾杯のコールに乗る。
それぞれのグラスがテーブルの中央に集められ、高音を響かせた。と同時に、優樹のバッグの中でスマホが震える。さりげなく後ろ手で背後に置いていたトートを手に取って、手探りでスマホを取り出すとテーブルの下で目を走らせる。
ロック画面にメッセージアプリの通知が一件入っていた。
__ユウキくんからだ。
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