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「あの、まずはお金……」
「まだ。みんな見てるでしょ」
コートのポケットに入れていた財布を出しかけると、小声でたしなめられた。確かに背中越しに視線を感じるような気がする。
一本道を逸れると、目の前に人通りの多い商店街が見えてきた。一度後ろを振り返って後に続く者がいないかを確認してから、もう一度呼びかけようとしする。けれどその前に、彼のほうが先に口を開いた。
「帰るなら駅まで送るよ」
「あ……えっと、」
帰りたい、とメッセージしたことを受けてそう言ってくれたのはわかる。でも、この状態で帰れと言われるのは座りが悪い。
「その前にお礼とお詫び、してもいい?」
「お詫び?」
「うん。だって急に呼び出すことになっちゃったから」
ちらりと目線を上げて、彼の表情をうかがう。マスクのせいで、どういう感情なのかはよくわからなかった。
「あ、でも残業って言ってたし、疲れてるよね。そしたらまた別の時にでも……」
早口で告げると、彼はゆっくりと目をまたたいた。
「まだ帰らなくて平気?」
「うん、私は全然平気」
「無理してない? さっきは帰りたいって言ってたでしょ」
「してない! あれは一時の気の迷いで、今はユウキくんが来てくれたから大丈夫」
拳を握りながら勢い込むと、彼がわずかに目を細めるのがわかった。
「じゃあ、まだ一緒にいられるんだ」
「そうだね……?」
噛みしめるような声音に、またしても優樹の胸の内に小さな違和感が生じる。
(なんか、今日はグイグイ来るな……ユウキくんってこんな性格だっけ)
自分に問いかけてみるけれど、答えが出ようはずもない。違和感の正体を突き止めるのは後回しにすることに決めた。
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