洗濯ばさみ

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「何か私に謝ることがあるのだろう」 「え……」 「そう顔に書いてある。言ってみなさい」 「……はい。今日、あなたの洋服を外に干していたのですが、洗濯ばさみをし忘れてしまって、一着が風に飛ばされてしまいました。申し訳ありません」 「そうか。だから、そんな前時代的な方式はやめなさいと、あれほど言っておいたのに。新しいものを買って来るから、洗濯ばさみ? そういう古いものを使うのは、もうやめなさい」 「……はい、わかりました。申し訳ありません」  やはり、怒られてしまった。言いつけを守らなかった私が悪いのだろうけれど。洗濯ばさみは、珍しく私から「パートナー」に頼んで取り寄せてもらったものだ。洗濯のとき、昔はどの家でもこの洗濯ばさみを使っていたらしいけれど、この時代には変に機械機械したものばかりになってしまっていて、私は一度も使ったことがなかった。昔の、人間が人間らしく生活していたであろう時代を想像して、それを羨むように昔の道具を所望したのだった。「パートナー」は嫌そうな顔をしたけれど、拒否して逃げられるよりはいいと渋々承諾してくれたのだった。しかし、このような失態を犯してしまっては、もう使うことはできないだろうな。私は顔に出さないように、静かに落胆したのだった。 「じゃあ、私は寝るよ。電源を頼む。いつも言っていることだけれど、私を壊しても無駄だからね。すぐに新しい私がやって来るようになっている。私たちの関係は、互いのためなんだ。いいね」 「……はい」 「明日は五時に起こしてくれ。君も早く寝なさい。じゃあ、おやすみ。」 「……おやすみなさい」  私は「パートナー」が普段洋服で隠している部分にある電源をオフにした。「パートナー」はぴくりとも動かなくなった。もう二度と動かなければいいのに、と思うと同時に、動いてくれなければ私が生活できなくなってしまうという不安が()ぎる。とはいえ何のことはない、明日の朝になって電源をオンにすれば、何事もなかったかのように動き出すのだ。「パートナー」に比べて、人間の方がよっぽど簡単に動かなくなるものだ。 「パートナー」は電源をオフにすると、何をされても反応しない。それこそ、殴りに殴って壊してしまうことも不可能ではなかったが、私にとって何の得もないので、最近はそんなことを考えもしなくなった。前述の通り夜の時間にもやることがないので、早いところ風呂掃除を済ませてしまって、明日に備えて寝るとしよう。  その時、私は思いついてしまった。私は、明日からは使うことがなくなるであろう洗濯ばさみを持って来た。そして、睡眠中は何をしても反応しない「パートナー」の鼻を、洗濯ばさみで挟んでみた。シリコンでできた鼻が変形したが、やはり「パートナー」は一切反応しなかった。 「……ふふ、案外かわいいな」  鼻に洗濯ばさみを装着した「パートナー」を見て、私は面白くなり、笑ってしまった。これからは、これが「パートナー」に対する私からの復讐であり、唯一の楽しみになるのだろうなと思った。
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