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「あちらの世界はどうなってる?」
俺は、秘書の近藤に聞いた。
「大森さんの捜索願いが出されました。」
「そうか。」
由美子をあちらの世界に戻すつもりはない。
俺と同じ運命になる。行方不明となり、失踪届けが出され…。
これで良かったのか、答えは出ない。
「時を越えて、貴女に会いに行く。」
いつ、会いに行けるともわからなかった。
でも、必ず会いに行こうと決めていた。
この研究を進めるうち、時間の流れが人体に与える影響が大きい事がわかった。何年もこちらに住むと体に変化が現れ、あちらに戻れなくなる。そして、戻った研究者メンバーは全員亡くなってしまった。
俺の秘書となった近藤は、こちらとあちらを往き来している。俺の手足となって、あちらの情報を知らせてくれるのだ
国家機密のトップシークレット。
移民計画を立てていたのだが、頓挫した。
ここの設備は天国であるが、外の世界は適応できずに害があり地獄であるからだ。ここへ来て、人間の寿命は延びるだろう。しかし失うものも大きくなる。
「私は、そろそろ戻ります。近衛は、あのマンションに住み始めました。」
「そうか。宜しく伝えてくれ。」
「はい。勇介さんも体に気をつけて。」
こちらでの一日があちらでは、数日が過ぎているようだ。
こちらとあちらを繋ぐ出入り口には、日時の調整ができるようになった。こちらの科学の進み具合は、あちらの世界の何倍だろうか。
ふと…。
「?!」
俺に、ある考えが芽生えた。
「近藤、頼みがある…。」
俺の話を聞くと、
「勇介さん、本気ですか?」
「君には、とてつもなく迷惑をかける事になるが…。」
近藤はニヤリと笑って、
「研究者は実験証明しないと、ですね。わかりました、協力しますよ。」
「ありがとう。恩に着る。」
近藤と握手をした。
この実験は、成功するかわからない。
だが、失敗を怖れていては、進歩はない。
近藤が帰った後の出入り口に、俺はある日時をセットした。
「時を越えて、貴女に会いに行く。」
辺りは騒然としていた。救急車、サイレンの音が鳴り響いている。
神社の境内で、勇介が倒れているのを発見された。合宿最終日の肝試し、私は真っ暗闇の恐怖に中へ入って行けなかった。神社の入り口で待っていたのだが、勇介は中々戻って来なかった。次のペアが入って行って倒れている勇介を発見した。
勇介の衰弱が非常に激しくて、何か問題が合ったのではないかと、合宿していたメンバー全員が警察に呼ばれた。
私は、震えが止まらなかった。
あんなに優しく笑っていた勇介が、何故意識不明の重体になってるの?
何が起きているの?
勇介は、救急車で近くの病院に運ばれた。
あれから、勇介は目を覚まさない。
寝ているようなのだが意識はない。
勇介は、とある国の機関、研究所への就職が決まっていたのだが、その話も失くなった。
私は、いつの間にか勇介の学年を通り過ぎ、大学を卒業して希望の職場へ就職した。
忙しい毎日の中で、眠る勇介を見る事は、辛い筈なのに…どこか嬉しい。この感覚が不思議で理解できないのだが、ずっと前に、もの凄く悲しい思いをした経験が脳のどこかにあるのだろうか。
勇介を見ているだけで、幸福感に包まれる。
私は一生を勇介と共に生きようと決めた。
もしかしたら、一生このままかもしれない。彼の両親や親友で勇介の妹の祥子からは、自分の人生を生きるように説得されたが、私には勇介以外考えられない。
勇介が目を覚ましたら一緒に暮らそうと、28歳でマンションを購入した。一人では広すぎるファミリータイプの2LDK。都心から離れ緑も多く、職場には一時間かかるが、勇介の病院へのアクセスが良い。車の免許も取得して、小さな軽自動車も購入した。
マンションのお隣は、近藤さんという双子の子供達が可愛い四人家族。旦那さんとは、朝の通勤で一緒になる事が多い。同世代なので、気さくに話しかけてくれる。
勇介が神社の境内で発見されて、13年がたった。今日は土曜日で会社も休み。午後から美容室とエステの予約している。金曜日、急に思い立って予約を入れた。帰りには、洋服を購入する予定だ。明日は、実家に行くと共に久々祥子に会う。
先に勇介の病院へ行った。
「勇介…?! 勇介!!」
End
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