時を越えて、貴女に会いに行く

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朝の光が、一人暮らしの部屋を明るく照らしている。 「うーん、もう朝?!」 独り言をつぶやく。 昨夜、カーテンを閉め忘れたようだ。 残業を終えて、深夜の帰宅。 倒れこむように、ベッドに潜り込んだのだった。 「あー、しんどい。」 年齢を重ね、仕事量も増え、しかし体力は劣る一方だ。 いちにのさんで、漸く起きる。 「ふぅー、出勤の準備しなくちゃ。」 シャワーを浴びるために、バスルームへ入る。化粧すら落とさずに寝るとは、どれ程疲れているのか。 丁寧に化粧を落としてから、ショートカットの髪を洗う。頭から、少し熱めの湯を浴びると幾分かスッキリとした。 シャンプー等、お気に入りの香りに包まれて、心と体が癒される。 シャワーを止めると、バスタオルを頭から被った。 思いきり、あくびをしながら体を伸ばす。 「うーん!!よしっ。」 化粧水をたっぷり染み込ませたパックをしながら、髪を乾かす。 「ふぅ。」 今日は、ブルーのシフォンのリボンブラウスに、濃いグレーのチェックのワイドパンツ。 キッチンに置いてある、コーヒーメーカーをセットし、トースターにパンをセットしてから、化粧を始める。 ここまで30分弱かかる。 「昔は、20分かからずできたのになぁ。」 コーヒーをカップに注ぎ、焼きたてパンにバターをぬる。 「いただきます。」 手を合わせる。 毎朝のルーティーンだけど、これが落ちつくのだ。 「そろそろ出掛けなきゃ。」 最後に歯を磨いて、口紅を塗る。 スタンドミラーで洋服と全てのチェックをしたら、玄関でパンプスを履いて、仕事用のバッグを持つ。 「あっ、忘れる所だった。」 部屋に戻り、リビングのサイドボードの上に飾ってある、大切な写真に声をかける。 「行ってくるね。」 写真の中の人は若く、大好きな笑顔のままだ。 私ばかりが年を取る。それは仕方の無いことだけれど、時に切なく涙がこぼれる。 でも…それにも慣れた。 あれから、十数年がたっているのだから。 「さてと、急がなきゃ。」 玄関に戻り、パンプスを履いて、仕事用のバッグを持つ。 鍵をかけたらエレベーターへ。 朝の七時前、通勤や通学のご近所さんと会う。 「おはようございます。」 小声であいさつすると、 「おはようございます。」 皆が一様に眠そうにあいさつを返してくれる。 お隣の旦那さんとは、いつも同じ電車になる。 「昨日も遅かったんじゃないですか?」 「わかりますか?」 「えぇ。くまが…。」 「隠しきれてませんか…。」 同世代のせいなのか、とても気さくに話してくれる。 方や二人の子持ち、方や独身貴族の違いはあるけれど。 このマンションを終の棲家にしようと購入して、かれこれ五年がたつ。 お隣さんともそれなりの付き合いだ。 ここを選んだのは、緑が多い事。 職場へは一時間かかるけれど、最寄り駅始発が出るので、座れたら寝られるし、新聞を読むこともできる。 エントランスにあるポストから、新聞を抜き取る。 その時、ポストからハガキが落ちた。 急いで拾い、バッグへしまう。 マンションの前にバス停があり、丁度バスが来た。 お隣の旦那さんが振り替えって、待っていてくれる。 小走りで追い付きバスに乗れた。 「あー間に合った。ありがとうございます。」 「これに乗れるか乗れないかで、随分変わりますからね。」 今日はついてるように思う。 バスで駅まで10分の道のり。 昨夜は終電を逃し、乗り換え駅からタクシーで帰ってきた。 今日のスケジュールを頭の中で考える。 「今夜は大丈夫かな…。」 お隣さんは、 「花金だからね。仕事はさっさと終わらせて、土日は、ゆっくりした方がいいんじゃないですか。」 私は、顔をひきつらせながら、 「そうなるよう頑張ります。」 駅に着いた。 ここから、30分電車に乗り、一度乗り換えて10分。そこから歩いて都心のビルに着く。 お隣さんとは、乗り換え駅まで一緒だ。 運良く座れてお隣さんは、早速寝始めた。 私は、バッグからハガキを取り出した。 誰からだろう。 ハガキの裏を見ると、懐かしい名前が書いてあった。 写真の中の彼の、家族からだった。 「えっ…。」 思わず声が出てしまった。隣を見ると寝ている。起こさなかったようだ。 今日は、仕事が手につかないかもしれない。 乗り換え駅で、お隣さんと別れる。 少しボーッとしながら、電車を待つ。 写真の中の彼を思い出していた。 十数年前、私が20代になりたてで、人生初めての告白をされ、お付き合いした彼。嬉しくて毎日彼の事が頭から離れない。そんな幸せ絶頂の最中、 まさか、まさかあんな事が起こるなんて。 今でも信じられない。 結局、何が原因で、何で起こったのか、わからないままでいる。 会いたい。 会えるものなら、今でも会いたい。 私には、彼だけだ。 彼がいないなら、私は一人でいい。 もう、十数年がたってしまって、会ったとしても私だと気づいてもらえないかもしれないけれど…。 「彼が生きてるのなら、それでいい。もしかしたら、結婚して、もう子供がいるかもしれない。その時は、おめでとうと言うべきよね?」 想像して笑いながら、心は嵐だ。
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