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彼は、突然消えてしまった。
空気の中へ溶け込むように忽然と姿を消してしまったのだ。
彼の家族から、捜索願いが出された。
事件に巻き込まれたのか、事故に合ったのかもわからない。全てがわからないまま、十数年がたった。
彼の消失から七年後、家族は失踪届けを出した。
ハガキは、彼の七回忌を知らせるものだった。
私は、彼の死を信じていない。
だから、彼の法要には一度も出ていない。
ハガキには、去年亡くなった彼の母親の一周忌も兼ねているとの事だ。
失踪届けを出した彼の母親に、抵抗を感じたままで、お葬式には行けなかった。
ハガキの差出人は彼の妹。かつての私の親友だ。もう十数年会っていない。
今回は、行ってみようか。
親友に会いに。
お互い年を取った。
何年か前に結婚したと知らせて来た。そして子供も産まれたと。
彼女の時間は進んでいる。
私は、私の中は、あの頃と何も変わらないままだ。
外見は時と共に衰えている。
帰ろう。
実家へも帰っていなかったから、きっと驚かれるだろう。兄夫婦が両親と住んでいる。が正直、兄嫁に会うのが面倒だった。
「兄嫁、高校の後輩…。」
部活が一緒だった。まさか、兄が後輩と結婚するとは、思わなかった。たまたま、会社で知り合って、めでたくゴールイン。結婚式には出たけれど。子供が直ぐにできて、実家に居ずらくなって出た。今では、三人の姪と甥がいる。お年玉は、毎年送っていたから、不義理にはならずに?済んでいる。姪達が産まれた時、病院に会いに行ったが。
私がこの年になり、さすがに母からもお見合いを勧められなくなった。諦めてくれたと思う。
私は、彼といられないなら一人でいいのだ。
彼以外の人を考えられないし、結婚もしたいと思わない。
仕事があり、住む所もあって、とても安定した生活を送れている。これ以上、何を望むのか。
今夜は仕事を切り上げだ。
回りもほとんど帰宅している。
残っていたわずかの同僚にあいさつをして、社屋を出た。
今日は早めに寝て、明日に備えよう。
美容室とエステの予約を入れた。
母親に連絡して、日曜日に帰ることを伝えた。
母親は、とても驚いていたが、帰る理由は聞かれなかった。
きっと、実家にもハガキが届いていたのだろう。
母親は、彼の母親と仲が良かった。
彼がいなくなって、心身のバランスを崩した彼の母親を支えたのだ。
「今日は早く帰れたんですね。」
後ろを振り向くと、お隣さんが笑っていた。
「こんばんは。帰りに会うのは珍しいですね。」
乗り換えの駅で電車を待っていた。
降りる駅が同じだから、階段やエスカレーターに近いこの辺りに乗るのだろう。
「何かありましたね?朝よりスッキリしているように見える。」
私はびっくりした。
「わかりますか。日曜日に実家へ帰ろうと思って。親友にも十数年振りに会うことにしました。」
「こう言っては何ですが、いつも思い詰めたような顔をしていましたからね。」
「お恥ずかしい。顔に出てましたか。」
最寄り駅まで帰ってきた。
「家内が車で迎えに来てます。一緒に乗っていかれませんか?」
「そんな、ご迷惑ではありませんか?花金で、お出掛けになるのでは。」
「心配ご無用です。家の子供は二人とも受験生なので終わるまではとても。」
車が見えたようだ。合図すると一台の車が、近付いてきてドアを開けてくれた。
「お帰りなさい、あなた。」
奥さんは私に気づき、こんばんはと声をかけてくれた。
「こんばんは。すみません。お世話になります。」
「遠慮しないでください。お隣さんですもの。方向同じですし。スーパーに寄る用事などありませんか?」
「いえ、 大丈夫です。」
本当は、牛乳を切らせていたが、近くにコンビニもあるし、後で行けばいい。
あっというまに、マンションへ着いた。
私とご主人を降ろし、奥さんは車を駐車場へ停めに行った。
「ありがとうございました。助かりました。」
お礼を言って歩き出そうとしたら、
「実は、話したい事がある。君の家へ行ってもかまわないか?」
唐突に言われ、返事に困ってしまう。
「何も怪しい事じゃない。時が来たようなんだ。」
「時が来た…?」
旦那さんは、エレベーターへ向かった。
「家内はコンビニへ寄ってくるから。」
「そうですか。」
部屋へつくと鍵を開けた。本当に上がるらしい。
「中々掃除できなくて、散らかってますけど。」
「お邪魔します。」
スリッパを出し、履いてもらう。
そう言えば、自分以外にこの部屋へ人を上げるのは、初めてかもしれない。
「同じ間取りでも広く感じるね。」
そう言って笑いながら、リビングのサイドボード前に歩いて来た。
「この写真の男は勇介だろう。」
「?!」
「風間勇介、君の元彼。13年前に行方不明になった。」
「何故…知っているの?」
「俺は、勇介の大学時代の同級生だよ。」
「えっ?!」
「君の事は勇介から聞いた事があった。」
私は、非常に動揺した。
「いつから、私の事知っていたんですが?それより、勇介がどこにいるかご存知なんですか?」
「勇介の居場所は知らない。」
「なら、何故?」
「時を越えて、貴女に会いに行く。」
「えっ?!」
「勇介と最後にあった日に言ってたんだ。どう言う意味かはわからない。でも、君への伝言だと俺は思った。」
私は涙が出てきた。勇介は死んでいない。どこかで生きていたんだ。私に会いに来てくれるかもしれない。
「あっ、ごめんなさい。コーヒー入れますね。」
涙を拭い慌てて、コーヒーメーカーをセットしようとする。
「ありがたいが、もう帰るよ。家内が帰ってくる。」
お隣さんが帰って行った。
「勇介…。」
私は、その場で泣き崩れた。
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