ソレを拾っただけなのに

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
おい嘘だろう? 日曜日のショッピングモールはたくさんの人でひしめきあっていた。 そんなに人がいるのにソレに誰も気が付かない。 何で誰も気付かないんだ? もしかして本当は気付いている人間もいるのかもしれない。 可憐に着飾ったJKらしき女の子がソレのすぐ横に立つ。 超ミニのスカートを履いているせいでモデルのような長くて白い足が余計に際立って見える。それに似合ったバランスの取れた小さな顔立ちがそびえ立っている。その美しさに通り過ぎる人達は必ず一瞥する。 にも拘わらず隣のソレには見向きもしない。 しかし、一人の子供がソレに向かって走って行く。 ついに気付いたのか? ベンチに腰掛けていたオレの足が浮き立つ。 が。 少年の興味は他のモノにあったようで、自販機の横にあるキャンディーマシーンをはしゃいで見ていた。 内心ホッとしながら座り直したものの、またいつ危機が迫るか分からない。 ソレは相変わらず圧倒的な存在感を放っている、いつ誰かに気付かれてもおかしくない。 人混みは一向に減らないが遂に覚悟を決めたオレは立ち上がりそれに向かって行った。 自販機の横に光っている銀色の硬貨に。 心を決めたからには迷っている暇は無い。 ツカツカと歩を緩めず歩き、ごく自然にしゃがみ込む。この動作が簡単そうで以外に難しい。周りに溶け込みながらしゃがみこむ事が難しいと感じるのはやはり若干の罪悪感があるからだろう。ヒモのついてる靴など履いていればそれを直す振りをすれば何の疑いもかけられずにソレを手に入れる事ができる。 しかも下手に時間を掛けてはダメだ。 一瞬でソレを拾い上げる! 遂に100円を拾った。 ソレをすかさずポケットに入れ軽やかな気分で自販機にソレと銅貨を入れタッチパネルに手を触れる。 アブク金はすぐ使ってしまうのが道理だ。 横の自販機にソレと銅貨を入れタッチパネルに手を触れる。 プシュー。 プルタブから溢れだす炭酸の爽快な音。 いやー、うまい! 乾燥してた喉が潤された気持ちと少しの幸せが心を満たす。 今日は何てラッキーな日だ!                             *** ひんやりとした外気が容赦なく肌を刺す。 ネオンの光に包まれた金谷横町は独特の匂いを放っていた。 いつもはそんなに飲まないのに今日に限って飲み過ぎてしまい足が思うように動かない。 そんなんで終電逃してタクシーを待っているとか…。 無駄な出費だな。 このまま歩いて帰ってもいいのだが、こうも寒いと気力が損なわれる。 それにしてもタクシーこないな。 胸ポケットから煙草を出そうとして、店に忘れた事に気付く。 マジか! そんなニコチン中毒では無いが飲んだ時はやたらに吸いたくなり久しぶりに買った煙草だったのにな。 とても損した気分になる。 タクシーも来ないし、飲み過ぎてお腹重いしやっぱり少し歩くか…。 少し裏道に入るとほとんど人が歩いていない。 「そこのお兄さん、なー、お兄さん」 背後から野太い声が聞こえて振り返るとガラの悪そうな三人の男性が自分を見てニヤニヤと笑っている。 無視してそのまま過ぎ去ろうとしたものの、いきなり肩を捕まれその勢いのまま尻もちをついてしまった。 「無視はよくないよ、お兄さん。ボクたち今一文無しでお家に帰れないんだぁ。だから、お金恵んでよ」 目の前の恰幅のいい男が手を動かして喋る度にチャラチャラとした金属音が鳴る。 背後にはこんな夜なのにサングラスを掛けた男と口をクチャクチャと動かしてきいる男が面白そうに見下ろしている。 これは間違いないカツアゲと言うやつだ! 困ったぞ、こんなのテレビやマンガでしか見た事ないぞ。 何で自分がこんな事に? 「お兄さん痛い目にあいたくなかったらボクたちにお小遣いちょーらい」 ふざけんな、お前ら!一昨日来やがれ! などと言える訳は無く…。 素直に持ち金を全て彼等に渡すとようやく解放された。 自由になったものの先程より冷たい風が通り抜ける。 どうして、こんな目に? 今日は運がいいはずだったのに。 何がいけなかった? よろよろと帰路に着いてるとうっすらとした明かりの自販機が歩みを止めさせた。 寒い。かじかんだ指がホットドリンクを求めている。 だが。 電子マネーをかざしてみても残金ゼロの表示。 もう自分には何も残っていない…。 半分諦めてコートのポケットに手を入れてみると…。 カチャカチャ。 これは! 数枚のコインの擦れる音がした。 ポケットから出した手を広げると100円と銅貨2枚が入っていた。 これさえあれば! 暖かい飲物が買える! 今日はまだ運が残ってる! 震える指でコインを入れようとした瞬間、今日の100円を思い出した。 まさか! あの100円を拾ったせいでこんな目に? まさか…。 そんな事ある訳無い無い。 それでも、もしあの時100円玉を拾っていなかったら。 売り切れの赤いボタンだらけの自販機のうっすらとした明かりが100円円玉を照らしていた。     
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!