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第0話 侵蝕される世界
西暦2530年代 8月23日 午前1時48分15秒
『隊員ニ告グ。南磁極付近、海域ニテ未確認生物ト遭遇。直チニ急行、応戦セヨ。繰リ返ス、南磁極付近、海域にて未確認生物ト遭遇。付近ノ隊員ハ直チニ急行、応戦セヨ』
突如、平静とした艦内に緊張が走る。無線から漏れた逼迫とした音声は彼らの身体を支配した。
「何だ、こんな夜更けに」
艦長は重い腰を上げ、無線を掬い上げて言う。
『未確認生物デス。至急、応援ヲ願ウ。私ノ艦艇デハ持チ堪エマセン。至急応――』
無造作に途切れる救難信号。艦長は音の消えた無線機に怒鳴った。しかし、その先、相手の声が返ってくることはなかった。
「よし、お前ら。今から南磁極へ急行する。魚雷等、各応撃準備を済ませろ」
「了解」
漂流するように南極海周辺を巡航していた艦艇の内の一つが救難信号を受け、ぐるりと進路を転換させた。凪いでいた海に波が立ち、夜闇を轟音が食らう。
暫くするとレーダーの内側にこちらの艦艇ではない別の反応が現れた。敵艦ではないらしく、緑色に点滅する。艦長はそれに気付いた。
『この辺りだ。無線にあった未確認生物が付近に潜伏しているかもしれない。警戒して航行せよ。応撃準備』
艦長の声が艦内に響き渡る。これから戦争でも始まるのでは、そんな空気だ。
「艦長、艦艇から東へ約300m、生命反応のある物体が」
監視員の一人が操縦室の扉を開けた。同時に隊員の叫び声が鼓膜を打った。
「何だ、こんな時に」
レーダーから緑色の反応が消失する。
「艦長、レーダーが」
艦内の浸水警報が作動する。赤い警告ランプが艦内を染め上げる。
「慌てるな、お前は浸水警報の原因を調査だ、操舵士は東300mへ」
操縦室の扉付近で狼狽していた監視員は敬礼の後、すぐに浸水警報の示す位置へ向かった。
艦長の背後には黒く蠢く何かが操縦室のガラス越しに背中を見つめていた。
依然、浸水警報は止まずに艦内には無機質な警告音が鳴る。隊員は忙しなく艦内事務に向かっている。夜の南極海はいつもより賑やかだ。
「前方、未確認生物を視認。迎撃します」
魚雷が静かに南極海に解き放たれる。シュボッという鈍い音と共に、それは物凄い勢いで目標物に接近する。冷たい海水を掻き分け進む。が。
「何、躱された」
目標は弾道からスルリと身を反らす。いや、反らすというよりは靄となって魚雷が霞みに消えたと喩える方がいいか。
黒い靄のような生命体は身を翻すと直後広域に触手のようなものを開いた。水中に開くそれは大きな口にも見えた。
「目標、変形。このままでは呑み込まれます」
「これがデバッグ、なのか」
艦長のこの声を最後に浸水警報は消え、再び南極海域は平穏を取り戻した。救難信号を出した艦艇に加え、応援に向かった艦艇さえ沈んだ。凪いだ綺麗な海だ。
そこにはもう蠢く顔はなかった。艦長の背中を見つめていた、あの赤い目も。
第0話 侵蝕される世界
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