二日目の君

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 きょとんとした顔で首を傾げる千々波に、俺は一気に現実に引き戻されたような気がして「……いや」と少し考えたあと首を振った。 「改めて俺はさっさと死んだほうがよかったんじゃないかって考えてただけ」 「死にたがりですね。そう焦らなくとも、誰しもいずれなくなる命です。のんびりいっても罰は当たりませんよ」  にっこりと微笑む千々波に目を向けた。出会ってから今まで、何事ものらりくらりとかわされている気がする。 「あ、この写真は?」 「え? ……ああ」  小学校五年生……くらいか。クラスの女子三人と男子四人で教室で楽しげに写っている写真だった。俺はつまらなそうな顔をしているけど、なんとなく写っていたからと確か担任から渡されたのだ。  よく見ると、奥のほうにたまたま映り込んだ牧瀬もいる。その横顔は今の牧瀬のように、ちっとも面白くなさそうな顔で伏目がちだった。  この頃から、極端に牧瀬の笑顔が減ったような気がする。 「あんまり笑ってませんね、彼女」 「…………」  その通りで、なにも反論できなかった。  集合写真や行事ごとの写真。牧瀬が映っている写真は少なかったけど、そのどれにも彼女の笑顔はなかった。……人のことは言えないけど。 「どうして笑ってないんでしょうね」 「……さあな」  答えたのと同時に、家のインターフォンが鳴った。こんな時間の訪問者なんて、なにかの営業販売かチラシ宣伝だろう。無視を決め込もうとしたら再びインターフォンが鳴ったので重い腰を動かし、とりあえず一階へ向かった。  スコープの穴を覗き、外を確認する。するとそこにいた意外な人物に俺は思わず「え……」と声をこぼした。  後ろを振り返る。千々波は『出ないんですか?』という顔で首を傾げている。  俺は意を決して、扉の取っ手を押した。  扉を開けてすぐ視線がかち合うと彼女は目を見張り、なにかを言いたげに口を開いた。それでも言葉が出てこないのか口をパクパクさせていて、俺はしばし間を空けたあと「なにしてんの」と声をかけた。 「あ……ちゃんといるか、その、確認した……くて」 「え?」 「だって、昨日……」  口ごもる彼女に、「ああ」と心の中でうなずいた。  そうか。昨日の今日を思えば、俺の様子を見に来てもおかしくないだろう。 「学校」 「えっ……?」 「遅刻だけど」 「それは、潮見も……だけど」  途切れ途切れに言う彼女は、少し困惑した様子だった。牧瀬が遅刻なんて珍しい。  すべてを察した途端、胸の奥が熱くなった。 「……ちょっと待って」  二階の部屋へ戻り、カバンを取る。その際、千々波があの緩い笑顔で「頑張ってくださいね」なんて励ますから、「他人事だと思って」とぶつぶつつぶやきながら俺はまた階段を下りた。  外に出ると、どこか緊張した面持ちでカバンを腕に抱えた牧瀬がびっくりした顔をして俺と目を合わせた。 「……なに」 「いや、潮見……このまま家から出てこないんじゃないかと思って」 「待ってって言ったのになんでだよ。大体、学校には行く気だけど。制服だって着てるのに」 「ああ……それも、そうか」  ぎこちない様子でうなずく彼女はどこかほっとしているようにも見えた。  納得だ。死のうとしていた人間に昨日今日でなにを話したらいいのかわからないだろうし、緊張だってするだろう。かける言葉も選ぶはずで、相手にとってなにが引き金になるかわからないから慎重にもなる。 「死ぬのはやめたから」 「え?」 「自分から死ぬのはやめた」  決してウソではない。〝自分からは〟死なない。  それだけ伝えておけば、きっと彼女は安心する。そう思ったのに、どうしてこんなに驚いた顔をしているんだ。 「牧瀬?」 「いや……えと」  釈然としない顔をして、牧瀬は少しうつむいた。  俺はその反応が不思議になってしまって首を傾げてしまう。 「これが聞きたかったんじゃないの?」 「そっ、うだけど……それだけじゃない」 「は……?」  理解できないまま眉根を寄せれば、彼女は唇の先をとがらせて不満げな顔をした。 「それだけで……待ってたんじゃないのに」 「え……?」 「……もういい、先行く」
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