一日目の君

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 しなやかな白い腕は慎ましい仕草で表彰状を受け取り、コンパスのように細く長い脚は軽やかな動作で地面の上を進む。  目鼻立ちのよい顔立ちは、その恵まれたスタイルに見合っていた。いつ見ても華のある彼女はどこにいたって誰かの視線を集め、よくも悪くも目立つ。ただでさえ気が強そうな見た目をしているのに、滅多に笑わないからたびたび誤解されていた。 「……少しは愛想笑いしろよな」  なんてつぶやいたって、彼女には伝わらない。  生きるためには……いや〝うまく生きるため〟には多少なりとも愛嬌があったほうがいいだろうに。もったいない。  昔はもっと笑顔のあるかわいい女の子だった。  牧瀬帆波は幼稚園からの腐れ縁で、家も隣同士。さすがにクラスは違うけど学校も同じだから、幼馴染という言葉が一番わかりやすい関係だ。  だけど、ここ数年ろくに話をしていない。会おうと思えば会える距離にいると、改まってふたりで話そうなんてシチュエーションには滅多にならなかった。  幼馴染というのも、もはや微妙な距離かもしれないな。  表彰式の様子をぼんやりと見下ろしていたら、彼女が不意にこちらを見上げた。思わず後ずさって、そのまま足元に腰をつく。  びっくりした。まさかこの距離で、こっちに気づいたわけじゃないだろう。  そう納得したくても、心臓の音がうるさかった。周りの音はぼやけているのに、耳の奥に張りついているみたいに心音だけがはっきり聞こえる。あまりに激しい音に、このまま死んでしまうんじゃないかとさえ思った。 「あー……」  息を吐き出しながら声を発する。彼女のせいでとんだ不整脈だ。  汗がじんわりにじみ、ポケットの中に手を突っ込む。そうしたら、しわくちゃのレシートが出てきて、俺は持っていたペンでなんとなく彼女の名前を書いた。 【牧瀬帆波】  こんな漢字だっけと薄目で字を眺めたあと、なんとなくその下に自分の名前を並べてみる。 【潮見渚】  字面だけだと、お互いなんの変哲もない。なのに俺たちの間は天と地ほどの差が離れている。そんなふうに感じているのは、もしかしたら俺だけなのかもしれないけど。  年齢も同じ、学校も同じ、家も隣同士で、こんなにも似たような環境で育っているはずなのに、俺たちはなにひとつ似ていない。この不公平な世の中で、まさに彼女は俺の何十、いや何百歩も先を歩いていて、絶対に手の届かない距離にいた。  彼女にはなにがあって、俺にはなにが足りないのか。真面目に考えたところで無意味な話なのに、俺は昔から他人と自分を比べて生きていた。 【すきだ】  書くことをためらった。けどどうせ捨てようとしていたしわくちゃなレシートだ。それに俺からすれば一生言うつもりのない言葉なのだから、名前の間に薄く小さく書いたって罰は当たらないだろう。  意図せず手紙のようになってしまったが、これは誰に宛てたものでもない。自分の中でただ消化したいがために文字にしただけだ。  それにしても下手な字だ、と高く掲げたら、太陽の光で透け、裏に印字されているレシートの字が見えた。『すき』という文字はレシートの文字に紛れ、もうどこにも見えなくなった。
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