一日目の君

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 破いて捨てようとした瞬間、風が強く吹いた。ビッと指から引き抜かれるようにそのレシートが屋上の空を舞う。 「うわっ……ウソだろ……っ!」  慌てて腰を上げ、風に飛ばされた紙を追いかける。ギリギリのところでフェンスの隅に引っかかり、急いで手を伸ばした。  頼む、それ以上飛ばないでくれ。最悪なことに名前まで書いたそれが下に落ちて誰かに読まれてみろ。最悪なんて言葉で済むものか。  あんなものをこっそり書いていたと誰かに知られてしまうなんて一生の恥だ。噂が瞬く間に広がって、俺はもう二度と表を堂々と歩けなくなるかもしれない。  悪いことばかりが頭をよぎって、顔から血の気が引いた。その上、想像以上に隅のほうにレシートが引っかかっているので、いくら手を伸ばしても届かない。  仕方ない、と柵を手で掴み、足も引っかけて乗り越えてしまおうと考えた時、柵の端で金属の外れる音がした。 「は……?」  そちらを見てすぐ、身体が柵と一緒にぐらりと前に崩れた。  マジかよ、フェンスが外れたんだ。もろいとは思ってたけど、まさかすぎる。これは、やばい。死ぬ。  そう悟った瞬間、脳裏に自分が胸を押さえて苦しんでいる映像がやけに鮮明に流れた。走馬灯とはまた違うそれは映像というにはリアルすぎて、今まさに体験しているかのようだった。  映像の中の俺は必死にもがき、のた打ち回り、そうして動かなくなっていく。 「えっ……なんだ今の……?」  混乱したまま顔を上げたら、一瞬止まった時間が再び動き出すようにフェンスがそのまま屋上から落下しようとしていた。  ダメだ、落ちる。  ひねりもない言葉が頭の中に明滅し、いきなり人生が終わる瞬間って大したこと考えられないんだな、と呑気に思った。  ひやりと腰が冷え、膝から力がなくなっていく。それでも頭の中は冷静で、あれしとけばよかった、これしとけばよかったと後悔が次第に押し寄せてきたと同時に思い出したのは、牧瀬帆波の姿だった。  ああ、せめてレシートくらい処理させてほしかった、とあきらめかけたその時。 「予定にないこと、しないでくださいよ」 「は? ……ぅ、わっ!? ……ぐっ!」  突風が俺の身体を後ろに突き上げた。身体をタイルに打ちつけながら、腕の皮が擦り剝ける感覚がした。 「いっ、てえ……っ」 「そんな痛み、死ぬより大分マシだと思いますが」  さまざまなことが唐突すぎて軽く混乱したままの俺に、さらに追い打ちをかけるように頭上から鷹揚な声が聞こえた。
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